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今週末見るべき映画「世界でいちばん貧しい大統領」

――サブタイトルに「愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」とある。2010年3月から2015年2月まで、ウルグアイの第40代大統領だったホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノを、ユーゴスラビアの混沌たる時代を生き抜いた映画監督エミール・クストリッツァが、2014年から大統領退任までのホセ・ムヒカにインタビューしたドキュメンタリーで、さらに編集を加え、2018年、映画として完成する。「ムヒカさん、今の世界はどうですか?」との問いに、ホセ・ムヒカは答える。その答えは?

(2020年3月22日「二井サイト」公開)

ウルグアイの大統領だったホセ・ムヒカの愛称はぺぺ。

 ぺぺは、映画監督エミール・クストリッツアにマテ茶を勧める。ぺぺは、初めは濃いマテ茶を吐き出し、エミールに差し出す。監督は、味わい、微笑む。両者の表情の変化が、多くを物語って、オープニングから見る者を引きつける。

 ドキュメンタリー映画「世界でいちばん貧しい大統領」(アルバトロス・フィルム配給)のバックの主な音楽は、ぺぺの愛するアルゼンチン・タンゴだ。

 日本では「タンゲーラ」(タンゴの好きなお嬢さん)が大ヒットしたマリアノ・モレス作曲の「エン・エスタ・タルデ・グリス」(灰色の昼下がり)が、何度も出てくる。マヌエル・ピサロ楽団の演奏や、フリオ・ソーサの歌で。

 ぺぺが昔を振り返る。「1950年代以降、軍事政権が台頭、何度も投獄され、独房に入る。すべてはあの孤独な年月のおかげだ」。

 そして、「過酷な過去がなかったら、いまの私たちは存在しない。人は好事や成功よりも苦痛や逆境から、より多くを学ぶものだ」とも。

朝、ぺぺは目覚める。共に軍事政権と闘った同志でもある愛称マヌエラのルシア夫人が言う。「ぺぺは大統領の最後の日、人々にこう言った。去るのではない、これからだ、と」

 ぺぺと苦労を共にして、13年間も独房にいたニャトことエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロや、軍事政権に立ち向かうゲリラ組織トゥパマロスを創設したルソことマウリシオ・ロセンコフが、それぞれ、長い投獄生活と、ぺぺの人柄を語る。

ぺぺは仕事の合間、トラクターで農作業をする。運転しながら、言う。「人生も終盤だ。そうお金は必要ない。十分に足りている。自宅や農場などはすべて、創設した財団に寄付するつもりだ」

 そして、大好きなタンゴ「マリア」を唄う。マリアノ・モレスが作曲、カトゥロ・カスティージョが詩をつけた名曲だ。

「かつて君は、身も心も私のものだった。愛のない悲しみの景色の中で、ある秋の日、君に出会った。その名はマリア……」

 ぺぺはエミールに言う。「タンゴは郷愁そのものだ。何を手に入れ、何を失ったか。人生での喪失を知る者のための歌なんだ。いくつかの挫折を味わった後に好きになる音楽だ」と。思わず、微笑むエミール。

 マヌエラがぺぺを語る。「ぺぺとの人生はとても意義深い。愛と政治闘争という2つの理想を生きてきた」と。

 フリオ・ソーサの歌に合わせて、ぺぺが「エン・エスタ・タルデ・グリス」を唄う。作詞は、ホセ・マリア・コントゥルシだ。「泣きたくなるような灰色の昼下がり。打ちつける雨が君のことをささやく。知らなければよかった。ぼくのせいで二度と会えないなんて」

 エミールを、かつて収容されていた刑務所の跡地に案内するぺぺ。いまはショッピング・センターになっているが、独房のあった位置まで、ぺぺは正確に覚えている。また、ぺぺは、ゲリラ時代に銀行強盗をした現場にまで、エミールを案内する。

 何度も危険な目にあっているぺぺに、エミールが聞く。「撃たれたのは何回?」。「片脚13ヶ所、腹を12ヶ所撃たれた」と笑うぺぺ。ぺぺは、貧しい人たちの住宅を作る。農学校を創設し、子どもたちに花作りを教える。政敵とも、きちんと議論する。また、ぺぺは文化の重要性は計り知れないと考えている。モンテビデオ広場では、ぺぺが大統領を引退する式典の準備が進んでいる。ぺぺのスピーチが始まろうとしている。

 ぺぺとマヌエラは、とても仲がいい。ふたりがタンゴ酒場で、歌手に合わせて唄うのは「ラ・ウルティマ・クルダ」(最後の酔い)だ。我が身の不幸をバンドネオンに語りかけるといった内容のタンゴで、バンドネオンの名手、アニバル・トロイロが作曲し、カトゥロ・カスティージョが歌詞をつけた名曲である。

ぺぺは、給料の大部分を貧しい人たちに寄付している。粗末な家に住み、質素そのものの暮らしぶりだ。経済的には、世界でいちばん貧しい大統領かもしれないが、心の豊かさでは、世界でいちばんの大統領だったのではないか。

 ぺぺがアルゼンチン・タンゴの好きな理由がもうひとつあると思う。タンゴの代名詞ともいえる「ラ・クンパルシータ」は、もともとアルゼンチンの曲ではない。ウルグアイのヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲスが、まだ学生だった頃に作った曲だ。ウルグアイでタンゴが盛んに聴かれるのも当然だろう。

 2012年、ぺぺはブラジルで開催された国連の「持続可能な開発会議」で、感動的な演説をする。この演説が収録された本をはじめ、ぺぺについて書かれた本は、日本で数多く出版されている。

 ぺぺの有名な言葉がある。「大勢の国民に選ばれたなら、国民と同じ暮らしをするべきだ。政治の世界で探すべきは、大きな心と小さなポケットの人物だ」

 ぺぺの爪の垢を煎じて飲ませたい政治家は、日本には大勢、いる。心して、飲みなさい。

☆ 2020年3月27日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか 全国公開

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