Reviews
WEB連載
◆ エキサイトイズム「今週末見るべき映画」(ほぼ毎週1,2回) http://goo.gl/EUk5hj
◆ 日本文教出版「学び!とシネマ」(毎月1回) http://goo.gl/hFqd2F
(※ 以下、公開順に抜粋して転載)
「木靴の樹」
日本文教出版「学び!とシネマ」 <Vol.121> 2016.03.25
http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/cinema/cinema121/
――なんらかの形で、いまの教育や政治に関わっている人たちに、ぜひ見てほしい映画がある。もちろん、まだ学校で学んでいる若い人たちにも。たとえ、搾取され、貧しくても、きちんと食べ物を作り、神に祈り、しっかり生きている人たちがいることを、映画は静かに語りかける。
舞台は、19世紀末の北イタリア、ロンヴァルディア地方のベルガモ。貧しい農民の家族たちが、どのように暮らしているかを、ドキュメンタリータッチで綴っていく。
ここには、貧しいけれど、必死に生きていく人たちの姿が映し出される。みんなで、土地を耕し、家畜を育て、働き、教会で祈る。ミネクの父親は、一晩かけて木靴を作るが、木靴の樹もまた、かれらのものではなく、地主のもの。それでも、人は、与えられた条件のなかで、生きていくしかない。
現代の日本。裕福な政治家たちは、カップ麺がいくらで売られているかということや、派遣の人たちの賃金がいくらかということを知らない。時代も国も違うが、北イタリア、ベルガモの貧しい人たちが、どのように暮らしていたかくらいは知っておいてほしい。
今週末見るべき映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」
エキサイト イズム 2016.06.10
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1465205705166/
――昨年の第87回アカデミー賞では、「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」や、「セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター」といった傑作を押さえて、長編ドキュメンタリー映画賞を受賞している。
アメリカが国家権力を濫用、NSA(国家安全保障局)が、一般市民の電話やメールなどの通信データを、秘密裡に収集、分析していた。あらゆる個人情報のほとんどすべてである。内部告発したのは、元CIAの職員、エドワード・スノーデン。スノーデンは、信頼できる女性の映画監督ローラ・ポイトラスに、「シチズンフォー」というハンドルネームでメールを送る。「政府の極秘事項を提供する」と。
驚くべき告発である。同時多発テロ以降のアメリカは、通信全体の監視を強化する。このこと自体は当然かもしれない。だが同時に、これは一般市民の、プライバシーを犯すことになる。
今週末見るべき映画「帰ってきたヒトラー」
エキサイト イズム 2016.06.16
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1465779295166/
――「おもしろうてやがて恐ろしき」映画である。自殺したはずのアドルフ・ヒトラーが生きていて、現代のベルリンに現れる。「帰ってきたヒトラー」(ギャガ配給)は、ただそれだけの設定である。もちろん、コメディの形を装った、痛烈なドイツ文明批評である。しかも、それが、ドイツ一国に留まらない。
これが、現代のドイツへの、痛烈な風刺になっている。いまのベルリンや、ドイツのあちこちを、70年ほど前に亡くなったヒトラーが見る。いろんな人物と話す。みんなは、そっくりさんの物まね芸人と思って、いっしょにスマホのカメラに収まる。
もちろん、どのシーンも大笑いである。だが、すこしずつ、笑えなくなっていく。なぜなら、現在を生きる人たちでさえ、強烈なカリスマ性を持った人物には、無意識に従っていくからだろうか。結果、独裁を許し、自分の頭で考えなくなる。
ラストは、ほとんど、ホラーである。現代ドイツの政治、社会への痛烈な風刺に笑っているうちに、ヒトラーの目指したユートピアを、どのように解釈するかを問いかけてくるようだ。受け手は、そのイデオロギーを試されている。心すべきである。現代、どの国にも、ヒトラーはいるのではないか。
今週末見るべき映画「ホース・マネー」
エキサイト イズム 2016.06.17
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1465965089166/
――ヴェントゥーラは、カーボ・ヴェルデから移民としてポルトガルにやってくる。カーボ・ヴェルデは、アフリカの北西、太西洋に浮かぶ島国で、1975年に独立するまではポルトガルの領土だった。ポルトガルのリスボン。フォンタイーニャスという、スラムのような一角に、カーボ・ヴェルデからの移民が多く住んでいる。ヴェントゥーラもその一人である。
これは、悲惨な境遇を生き続けた男の、記憶について、夢についての映画と思われる。映画の背景にある歴史や状況、ペドロ・コスタの過去の作品など、その多くを知ることで、難解さがほぐれるはずである。
「ブレイク・ビーターズ」
日本文教出版「学び!とシネマ」 <Vol.124> 2016.06.22
http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/cinema/cinema124/
――1980年代、まだ東ドイツが社会主義政権だったころの実話に基づいた映画である。
路上でのダンスが、国家警察の知るところとなり、フランクたちは拘束される。アメリカの、非社会主義的なブレイクダンスは禁止、とのこと。フランクたちは、言う。「ブレイクダンスは、もともと、アメリカの貧しい人や、虐げられた人たちの反抗から生まれたもの。反資本主義だ」と。
崩壊寸前の東ドイツの事情が、背景にある。若者たちの自由への希求は、いろんな分野で、顕著になっていく。そのような時代の雰囲気が、うまく漂ってくる。若者は、国家の規制や縛りからも、自由であるべきと思う。自らの欲することをする自由がある。
何度かでてくるダンス・シーンは圧巻。ことに、ラストで踊られるダンスには、痛快な笑いと、ほろ苦い切なさがこみ上げ、心ふるえる。
今週末見るべき映画「シアター・プノンペン」
エキサイト イズム 2016.07.01
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1467011515166/
――1960年代から、ポル・ポト時代をはさみ、現代のカンボジアまで、約40年間の歩みを、映画のなかで映画を作るというスタイルで描いていく。
タイトルは、文字通り、映画館の名前である。1974年に作ろうとした「長い家路」という、最後の部分が消滅した映画を巡ってのドラマである。緻密な構成に、秘められた過去の謎解きが加わる。
監督は、知らなかった過去を映画にすることで、カンボジアの歴史に立ち会う。母親のために、映画の欠落した部分を取り直すというソポンの行為が、とりもなおさず、カンボジアの過去、歴史を知ることになる。
今週末見るべき映画「映画よ、さようなら」
エキサイトイズム 2016.07.15
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1468230490166/
――タイトルからは、映画の悲観的な未来を思わせるが、決してタイトル通りの映画ではない。「さようなら」の後に、新たな「映画」、「人生」が見えてくる。
(中略)
モノクロでスタンダード・サイズ。このような、映画への愛に満ち満ちた、すてきな映画を撮ったのは、フェデリコ・ベイローという人。なんと、「ウィスキー」では、スクリプターとして参加していた。シネマテークや、そこでの人生にピリオドが打たれても、映画的人生は、限りなく続く。
今週末見るべき映画「イレブン・ミニッツ」
エキサイトイズム 2016.08.19
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1470967134166/
――タイトル通り、さまざまな人たちの、午後5時から5時11分までの、11分間の出来事を描く群像劇だ。
製作、監督、脚本は、ポーランドのイエジー・スコリモフスキである。前作の「エッセンシャル・キリング」では、アメリカ軍の追跡から、必死に逃げ延びる兵士の辿った道を、セリフのないまま、鮮やかに描ききった。ことに、生き延びようとする兵士役のヴィンセント・ギャロの力演が、光った。本作は、一転、クセのありそうな多くの人物が登場する群像劇だが、ここでもまた、少ないセリフ、きめ細かい心理描写から、監督の鋭い人間観察が堪能できる。
早いテンポで、驚愕のラストに突入する。こういった表現は、映画というメディアだけにしか出来ないのではないかと思う。人間を、そして世の中を、知り尽くした人にだけ、なしうる表現と思われる。
今週末見るべき映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」
エキサイトイズム 2016.08.19
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1470966928166/
――なんとも、とぼけた、ゆるい感触のSF映画が、旧ソ連で1986年に作られた「不思議惑星キン・ザ・ザ」(パンドラ、キングレコード配給)だ。日本では1989年の「ソビエトSF映画祭」で上映された後、2001年に一般公開されている。このほど、15年を経てのリバイバル公開となる。後味がかなり濃厚、これはいったい、何を言おうとしている映画なのか、かなり考え込んでしまう。
ジャンルでいえば、SF映画だが、映画全体を貫くトーンは、政治や権力をからかった、文明批判の風刺コメディと思われる。その表現は、あえて、チープになるよう工夫しているように見えるが、予算の関係からか、チープにならざるを得なかったのかもしれない。
ソ連崩壊を予期しての皮肉、風刺なのか、来たるべき時代への希求なのか、さまざまな暗喩を込めての体制批判と思われる。グルジア生まれの監督、ゲオルギー・ダネリヤの渾身の一作である。
今週末見るべき映画「イングリッド・バーグマン 愛に生きた女優」
エキサイトイズム 2016.08.26
http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1472086239166/
――昨年の第28回東京国際映画祭のパノラマ部門で上映されたドキュメンタリー映画「イングリッド・バーグマン」が、このほど、「イングリッド・バーグマン 愛に生きた女優」(東北新社、STAR CHANNEL MOVIES配給)というタイトルで、一般公開される。文字通り、大女優イングリッド・バーグマンの生涯を描いている。バーグマンは、1915年、スウェーデン生まれで、ちょうど昨年が生誕100年。もう、100年になるのか。次々と、バーグマンの出た映画のシーンが、浮かんでくる。
バーグマンとは、いったいどういった女優だったのか。どういった妻だったのか。どういった母親だったのか。映画「イングリッド・バーグマン 愛に生きた女優」は、バーグマンの人生そのものを伝えて、まったく飽きない。