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今週末見るべき映画
* 雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で映画ジャーナリストの二井康雄が、おススメしたい新作の
「今週末見るべき映画」についてレビューします!
「天国にちがいない」
――昨年の第21回東京フィルメックスの特別招待作品で、クロージング作品として上映された。すでに、カンヌ国際映画祭では、特別賞と国際映画批評家連盟賞を受けている。パレスチナの映画監督、エリア・スレイマンの10年ぶりになる新作だ。いよいよ、この1月29日(金)から、一般公開となる。
(2021年 1月 26日 「二井サイト」公開)
エリア・スレイマンは、イスラエルに住むパレスチナ人の現実を、寡作ながら、さまざまな角度から表現し続けている。いずれも、スレイマン本人が演じる。
1996年に撮った「消えゆくものたちの年代記」は、スレイマン演じる映画監督が、ニューヨークから故郷のナザレに帰郷するところから始まる。カフェのテラスでは、男たちは何もしないで、ただじっと座っている。遠くでは、何か言い争っている人たちがいる。
2002年に撮ったのが、「D.I.」だ。パレスチナの自治区に住んでいる恋人に会う場所は、検問所脇の駐車場しかない。恋人は、検問所を通ることが出来ないからだ。アラファト議長が戯画ふうに描かれた大きな風船は、検問所とは関係なく、風任せで、あちこちを飛び回る。そして、予想通り、風船は破裂する。コミカルで、鋭い風刺に満ちている。
次いで、2009年に撮った「時の彼方へ」だ。2009年の第22回東京国際映画祭の「アジア中東パノラマ部門」で上映された。
スレイマンが両親に捧げた自伝的作品で、全体は4部構成。短いコントふうの風刺が炸裂する。1948年、パレスチナ抵抗勢力に加担したスレイマンの父親は、イスラエル建国に際して、レバノンに逃れる。両親が離れ離れになったスレイマンは、十代に成長しているが、父の老いを感じる。やがて、海外に逃れていたスレイマンは、ナザレに戻ってくる。すでに父は亡くなり、老いた母と暮し始める。夢の中だろう、スレイマンは棒高跳びで、ガザの壁を越える。叫ぶ女性は、即射殺され、ゴミを出そうとする男は、戦車の大砲に狙われる。
この3作品は、昨年の第21回東京フィルメックスで、エリア・スレイマンの特集上映として見ることが出来た。さて、スレイマンの最新作「天国にちがいない」(アルバトロス・フィルム、クロックワークス配給)である。前3作を踏襲し、スレイマンの視線は、イスラエル社会から世界に向けられる。
教会でミサが始まる。神父がドアを開けようとするが、男が立てこもっていて、開けてくれない。神父は徐々に乱暴になり、ドアを蹴破る。
映画監督のES(エリア・スレイマン)は、ナザレの自宅にいる。テラスでお茶を飲み、タバコを吸う。庭にあるレモンの木から、レモンを盗もうとしている男がいる。「泥棒と思うな。ちゃんとドアはノックした」と言う。外を歩くESは、恐そうな男たちの集団とすれ違う。パトカーのサイレンが響いている。散歩するESは、隣人らしい老人と出会い、助けた蛇から恩返しを受けた話を聞く。ESが出会うのはどこか変な人ばかり。
自宅のテラスでは、隣の親子が罵り合っている。山や海に出かけても、ESは、おかしな出来事に遭遇する。そして、荷物をまとめたESは、映画の企画を売り込みに、まずパリに向かう。
カフェのテラスで、道行くお洒落なパリの女性に見入るES。ホテルの部屋から外を見ると、ほとんど、誰もいない。逃げる若者を警官たちが追う。散歩に出るES。
ゴミ置き場の周りには、ワインなどの酒ビンが山のように捨てられている。教会の前には、施しを受ける人の列が出来ている。路上で寝ているホームレスに、救急隊員が食料を届ける。ヴァンドーム広場の近くで、戦車の隊列を目撃する。空には戦闘機が飛んでいる。日本人のカップルに出会ったESは、「ブリジットさん?」と聞かれるが、無表情で首をかしげるだけ。
メトロでは、入れ墨をした男(グレゴワール・コラン)に睨まれ続ける。空にはヘリコプターが飛び、騎馬隊列が行進している。ホテルのテレビは、軍隊のパレードを放映している。
映画の企画売り込みのため、ESは映画会社を訪ねる。プロデューサー(ヴァンサン・マラヴァル本人)から、「パレスチナ色が弱い。どこにでもある企画だ」と断られる。
ホテルの部屋で、ESはパソコンで原稿を書いている。そこに飛び込んできた小鳥が、ESの邪魔をする。手で優しく小鳥を払いのけても、また小鳥が邪魔をする。合間に散歩するES。カフェの前で、音程の外れた「べサメ・ムーチョ」をサックスで吹く男がいる。
ESはニューヨークに向かう。タクシーの黒人運転手に「どこから来たのか」と聞かれて、ESは「ナザレ。パレスチナ人だ」と答える。アラファトをカラファトと言う運転手から、「パレスチナ人に会ったのは初めてだ」と歓迎され、タクシー代は無料になる。
ニューヨークの住民たちは、みんな大きな銃を肩にかけている。公園に来たESは、天使の羽根を付けた少女に出会う。少女は警官隊に追われて捕まり、羽根だけ残して、少女は消えてしまう。
ESは映画学校の講師に招かれていて、「あなたは真の流浪人ですか」などと問われるが、何も答えられない。
有名な俳優のガエル・ガルシア・ベルナル(本人)と待ち合わせたESは、映画会社を訪ねる。ガエルは、女性プロデューサー(ナンシー・グラント本人)にESを紹介する。「友人のスレイマン監督。パレスチナの出身で、コメディ映画を撮っていて、次の作品のテーマは中東の平和」とガエルが言うと、女性プロデューサーは「もう、笑っちゃう。健闘を祈ります」と簡単に断られてしまう。
失意のESは、タロット占い(スティーヴン・マクハティ)を訪ねるのだが……。
絶えず、戒厳令下のようなパリやニューヨークでは、ESの映画企画「天国へ行き急ぐな」は、もはや成立しない。パレスチナのように、いつ戦闘状態になってもおかしくないが、日常を保っている場所こそ、天国なのかも知れない。
ESは、ナザレ、パリ、ニューヨークでも、ほとんど、喋らないし、無表情で、目の前の出来事を見続けるだけである。映画には、英語、フランス語、アラブ語、スペイン語、ヘブライ語などが出てくる。神はおごり高ぶる人間に対して、意思の疎通を妨げる罰を与えた。いまもなお、人間はおごり高ぶり、世界のあちこちで内紛を起こし、紛争を続けている。
スレイマンは、あちこちの平凡な日常の中に、具体抽象を問わず、これが世界の現実だとばかりに、多くの暴力装置を提出する。集団で男たちが走る。パトカーのサイレン。レストランでの客と店員の諍い。酔っ払いを白バイで追いかける警官。親子の罵り合い。パトカーには、目隠しをされた女性が乗っている。若者を追いかける警官たち。戦車の隊列。戦闘機が飛ぶ。軍事パレード。銃をいつも持っている市民。少女を追う警官たち。空港の検査ゲートで鳴り響く探知機……。
4作のスレイマン作品を見て思う。事は、イスラエルやパレスチナだけの話ではない。世界は今、いつ動き出すか分からない暴力装置にあふれているのではないか、と。
スレイマン扮するESは、仕事の邪魔をする小鳥を、優しくのけてやる。小鳥は何度も、邪魔をする。それでもESは優しい。そしてESは、小鳥を空に逃がしてやる。もちろんESは、のどかで平和な現実も見つめている。ナザレに戻ったESの日常に、いまのところ、大きな変化はない。ESにとっては、これが、せめてもの天国だろう。
☆ 2021年1月29日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
全国公開!
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