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今週末見るべき映画「影踏み」

――多くの原作が映画化されている作家、横山秀夫。その短編小説集『影踏み』を、篠原哲雄が監督する。主演は、シンガーソングライターの山崎まさよし。長編では「月とキャベツ」以来、久々の顔合わせになる。山崎まさよしは、横山作品を全作読破する大ファンである。この3人の縁がつながり、映画になった。

(2019年11月11日「二井サイト」公開)

『影踏み』は、映画化が困難とされていた。連作になる短編小説が7篇。どう映画にするかが問われる。すべての短編を、そのまま映画にするのも芸がない。どの短編を残し、どの短編を切り、一本の映画にするか、だ。

 映画「影踏み」(東京テアトル配給)は、この難題に挑み、脚本は推敲され、検討を重ねていく。原作が面白くても、その映画化が面白いとは限らない。面白くないほうがはるかに、多い。脚本の菅野友恵は、原作の短編のほぼ3篇を中心にして、ひとつの物語にまとめる。この困難な作業が、映画を面白くさせていて、ほぼ成功と言える。

原作をすでにお読みなら、ことさらネタばれは関係ないけれど、読まないで映画を見る人に、どのような映画かを伝えるかは、篠原監督自身が言うように、はなはだ困難である。

泥棒ではあるが、いまの世の許せない不正を暴く、義賊のような主人公、真壁修一(山崎まさよし)に、弟分の啓二(北村匠海)が影のように寄り添う。修一には、幼なじみで、保育士をしている恋人の久子(尾野真千子)がいる。

 いろんな事件に遭遇する修一が、その真実を暴く過程で、修一の秘めている過去が、次第に露わになっていく。これが切ない。

 修一は、夜中、裕福そうな家に忍び込む、いわゆるノビ師だ。現場には証拠を残さない。取り調べでも、うかつにしゃべらない。まるで固くて強い壁と警察は思い、通称「ノビカベ」と呼んでいる。

 刑務所から出所する修一を、「修兄ぃ」と呼ぶ弟分の啓二が出迎える。

 2年前。修一は、稲村という家に忍び込む。床には、可燃性の液体がまかれている。暗闇の中、稲村の妻の葉子(中村ゆり)が起きていて、ライターで火をつけようとしている。修一が制止しようとしたとき、現場に刑事の吉川(竹原ピストル)が踏み込んでくる。吉川は、修一の幼なじみで、周知の間柄である。

 修一は、あの日、なぜ警察が察知したのか、なぜ妻が放火し、夫を殺そうとしたかの謎を解き明かそうとする。

原作は、人物関係や過去の出来事など、細部が緻密に書かれている。だから、単なるミステリーではない。修一のピュアなラブストーリーでもあり、なぜノビ師にならざるを得なかったかの悲しい運命のドラマだ。

 また、社会的地位を利用して、悪事を働く者に制裁を加え、弱者を救おうとする、胸がすくような痛快な義賊劇でもある。映画もまた、裏社会に顔の利く修一の「弱きを助け強きを挫く」義賊ぶりが、格好よく描かれる。

山崎まさよしは、シリアスな役柄なのに、飄々としたユーモアをたたえて、俳優としてもいい味を醸し出す。また、修一に寄り添う弟分、啓二に扮した北村匠海が巧み。「君の膵臓をたべたい」や「勝手にふるえてろ」などのキャリアを経ての好演だ。

 そのほか、修一の母親役に大竹しのぶ、恋人役に尾野真千子、地裁の判事役に下條アトム、ヤミ金融業者に田中要次、保育園の園長役の根岸季衣などなど、脇を固める俳優が達者揃い。

 20年前からの、修一をめぐるすべての謎が判明する。徐々に、修一に感情移入を終えた観客は、修一の過去を理解し、カタルシスを覚えるはず。山崎まさよし演じる「ノビ師」は、イギリスではロビン・フッド、メキシコでは怪傑ゾロ、日本では、河内山宗俊や鼠小僧次郎吉など、義賊の系譜につながり、まことに痛快である。

 主題歌は、山崎まさよしが山崎将義名義で作詞、作曲し、山崎まさよしが唄う。切ないけれど、すてきな歌詞、曲だ。

「もう戻らない日々 止まったままの時間(とき)を 静かに再び 動かし始めたい しばらく君と会えなくなるから 今だけはどうか灯りを消さないで」

啓二の存在をうまくカメラが追う。屋外と屋内シーンの明部と暗部をコントラスト鮮やかに捉えたカメラがいい。篠原監督と多くの作品でおなじみの上野彰吾だ。

 監督に少し、話を聞いた。「いろんなジャンルの映画を撮ってきたが、今回はより手応えを感じている」

 撮りたい映画の企画も多々、あるらしい。「もう50代後半。いい仕事を残さなければ」と謙虚だ。監督2作目になる「月とキャベツ」以来、ほとんどの篠原作品を見ているが、まだまだ、優れた作品を撮れる映画作家だろう。

 来年は、夏ごろに公開予定の松井愛莉主演の「癒しのこころみ~自分を好きになる方法~」が控えている。篠原監督は、ことさら、癒される映画を撮っていたわけではないが、新作は、癒される感覚を全面に打ち出したとのこと。これまた期待したい。

☆ 2019年11月15日(金)~ テアトル新宿ほか全国ロードショー

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