top of page

今週末見るべき映画「燃ゆる女の肖像」

 ――18世紀。女性画家マリアンヌが、伯爵夫人の依頼で、断崖絶壁のブルターニュの孤島にやってくる。伯爵夫人の娘エロイーズの見合いのための肖像画を描くためである。伯爵夫人の住むお城のような館と、孤島のあちこちの風景が、とにもかくにも美しい。「燃ゆる女の肖像」(ギャガ配給)を見た。


                  (2020年12月3日「二井サイト」公開)


 今年の第33回東京国際映画祭の特別招待作品である。今まで多くの映画を見てきたが、これほどの美しい映画は、数えるほど。全編、構図や色彩が、どのシーンを切り取っても、まるで見事な風景画、肖像画のよう。


 もちろん、ただ美しいだけの映画ではない。ラストには、女性の心理と生理を、鮮やかに切り取ったドラマの感動が、じっくりと伝わってくる。


 マリアンヌ(ノエミ・メルラン)とエロイーズ(アデル・エネル)は、どちらも整った美女というより、個性的で、なにか内面に秘密を抱えているようで、ミステリアスな雰囲気が漂う。


 マリアンヌは、教室で絵を教えている。生徒のひとりが、アトリエの片隅から1枚の女性の肖像画を見つける。かつてマリアンヌの描いた絵のタイトルは、「燃ゆる女の肖像」。マリアンヌは数年前の出来事を振り返る。 


 マリアンヌは、重い画材を抱えて小舟に乗っている。荒い波で、カンバスが流されてしまうが、男たちは拾おうともしない。マリアンヌが海に飛び込み、やっとカンバスを拾いあげる。フランス革命の20年ほど前の時代設定で、まるで男社会を象徴するかのようだ。 


 マリアンヌに絵を依頼したのは伯爵夫人(ヴァレリア・ゴリノ)である。娘のエロイーズには、散歩の相手をして、絵を描くことは内緒にしてほしいという。もともと、エロイーズは結婚をする気はない。前にも、男性の画家が絵を依頼されたが、エロイーズは拒否して、顔を見せなかったことがある。

 マリアンヌは、召使いのソフィ(ルアナ・バイラミ)から、そもそもは、エロイーズの姉の見合いのための絵の依頼だったと聞かされる。姉は、母親の持ち込むミラノでの政略結婚に反対し、断崖に身を投げたことが分かる。 


 マリアンヌは、依頼通りに、エロイーズと島のあちこちを散歩し、いろんな角度から、エロイーズの表情を捉えようと努める、もとより、結婚の意思のないエロイーズの表情は固く、マリアンヌの夜中の製作は捗らない。そんなある日、マリアンヌは、チェンバロでヴィヴァルディの「四季」のなかの、最もエキサイティングな「夏」を弾く。やっとエロイーズは笑顔を見せる。 


 なんとか肖像画が完成する。マリアンヌは、「まず、お嬢様に絵を見せ、真実を話したい」と伯爵夫人に掛け合う。成行きを知ったエロイーズは、憤りながら、「これは私に似ていない」と言う。マリアンヌは、絵の顔を消してしまう。「描き直す」と言うマリアンヌに、伯爵夫人は「描けないのなら出ていって」と言い放つ。

 ところが、マリアンヌといくばくかの時間を過ごしたエロイーズは、なんと、「モデルになる」と言うではないか。伯爵夫人は、ミラノへ出かける5日間のうちに絵を仕上げるよう言い残す。 


 マリアンヌは、今までと違って正面からエロイーズを見て、再び、製作に取り掛かる。夜になると、ソフィも交えてカードで遊び、ギリシャ神話のオルフェが、亡くなった妻を探しに冥府に向かう話をめぐって、議論をしたりする。 

 ソフィの妊娠が判明する。3人は、堕胎を頼みに、島の貧しい女性たちの集まりに出かける。焚き火のそばで、唄い踊る女性たち。エロイーズのドレスに、火が燃え移る。マリアンヌとエロイーズに、次第に燃えあがる火のような視線が交錯する。 

 ソフィは堕胎する。ソフィの側には、島の女性の産んだと思われる赤ん坊がいる。マリアンヌとエロイーズは、いくら愛し合っても、新しい命を生むことはできない。ふたりの愛を象徴するかのような、残酷で美しいシーンだ。やがて、エロイーズの肖像画が完成する。それは、マリアンヌとエロイーズの別れを意味する。


 時間の経過とともに、マリアンヌとエロイーズの表情が変化する。二人の短いセリフに、多くの情感がこもる。卓越した心理劇に、この上ない美しい映像が重なる。練られた脚本、編集である。

 映画には、まったく別次元のドラマと思えるような後日談が添えられ、マリアンヌの回想の意味がたち現れてくる。見事な展開だ。 


 音楽はほんの少し。冒頭に「四季」からの「夏」。マリアンヌがチェンバロで弾く「夏」。島の女性たちが、焚き火を囲んで踊りながらの合唱。意味は不明だが、妙に印象に残る合唱だ。そして、三たび、「四季」からの「夏」。 


 監督、脚本はセリーヌ・シアマ。「ぼくの名前はズッキーニ」の脚本家としてしか知らないが、今後、大注目の女性監督のひとりと思う。細部を緻密に描き、ことごとく意味がある。人物の表情しかり。目や唇のささいな動きが、実に雄弁だ。


 女性の宰相がいる時代とはいえ、いまなお、男社会は健在だろう。当時の、政略結婚がまかり通る強い男社会にあって、女性同士の愛を高らかに唄いあげたセリーヌ・シアマの手腕に脱帽だ。  



☆ 2020年12月4日(金)~ TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開!


タグ:

Commentaires


最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page