年末年始見るべき映画 その1の3「ブレスレス」
●「ブレスレス」(ミッドシップ配給)
妻を亡くした外科医が、ふとしたことからSMクラブに足を踏み入れる。首を絞められ、あわやの一瞬、死にかけた水中の妻が脳裏に浮かぶ。外科医は、妻の面影と出会いたくて、SMクラブに通うようになる。SMなどとは縁がなく、加虐や被虐で快感を覚えることのない身には、さざかし、しんどい映画かと思って見ていたが、やがて映画の怪しげな雰囲気に飲み込まれてしまった。
傑作の多い、フィンランドの映画である。全編、暗くて、赤い色合いがなまめかしい。外科医のユハ(ペッカ・ストラング)は、妻と幼い娘の3人で、湖畔のバカンスを楽しんでいる。妻は水中に飛び込み、水底の網にひっかかる。娘の泣き声で、昼寝から目覚めたユハは、妻の水死を知る。
十数年後。娘のエリ(オーナ・アイロラ)は高校生になっている。ある日、エリは、舌にピアスを開けたいという。失意の日々が続いているらしいユハは、エリに同行する。ユハは、エリがピアスの穴を開けようとした時、席を外して、隣にあるSMクラブに迷い込む。
たまたま、客と勘違いした女性の支配者役のモナ(クリスタ・コソネン)は、ユハを犬のように扱い、首を締め付ける。やがて、息苦しくなったユハは、一瞬、水中で死ぬ寸前の妻と出会う。驚くユハ。
妻の面影を追い続けるユハは、エリや、なにかとユハのことを心配する同僚(ヤニ・ヴォラネン)に隠して、SMクラブに通い続けるようになる。ユハは、エリの演奏会や仕事を差し置いて、モナの許に出かけ、息を止められ、妻との再会を繰り返していく。ユハは、さらに、モナを別の場所まで追いかけることになる。当然、ユハの仕事や、エリとの生活に差し支えが出てくる。やがて、ユハとモナの行為は、さらにエスカレートして、とんでもない事態になっていく。
異常な世界の異常な行為ではあるが、窒息の寸前、妻と出会うユハの表情は満たされているようで、ハッピーそのもの。客の男性と支配者役の女性との関係もまた、徐々に親密になっていく。見ようによっては、複数の純愛ラブ・ストーリーでもある。
SMシーンの迫力もさることながら、愛する妻の面影を追い続ける男の生理や、父を気遣う娘の一挙一動が巧みに描かれている。セリフは最小限で、表情ひとつで演じ続けるユハ役のペッカ・ストラングが秀逸。どこかでお目にかかっていると思ったら、ゲイ・アートで有名なトウコ・ラークソネンの半生を描いた「トム・オブ・フィンランド」で主演していたではないか。舞台経験も豊富で、達者なのは当然か。
鞭を振るい、すさまじい形相を見せる支配者役モナを演じたクリスタ・コソネンもまた、舞台経験が豊富。ドゥ二・ヴィルヌーヴ監督の「ブレードランナー 2049」にも脇役ながら出演していた。
英語のタイトルは、「ドッグス・ドント・パンツ」(犬はズボンを履かない)。これは、劇中でモナがユハに対して、罵るように言うセリフだ。邦題を「ブレスレス」とした気持ちも分からないではないが、英題の直訳でもよかったのではないかと思う。
異常な設定で、ピュアなラブ・ストーリーの脚本を書き、監督したのは、ユッカペッカ・ヴァルケアパー。「2人だけの世界」は未見だが、フィンランド映画の幅の広さが味わえる一作だ。
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