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年末年始見るべき映画 その2の2「声優夫婦の甘くない生活」

●「声優夫婦の甘くない生活」(ロングライド配給)


 ここ数年、傑作のイスラエル映画が多い。「迷子の警察音楽隊」「コングレス未来学会議」「運命は踊る」「テルアビブ・オン・ファイア」などなど。この「声優夫婦の甘くない生活」もまた、イスラエル映画の傑作と思う。


 ともかく、フェデリコ・フェリーニ監督と映画への愛に満ちあふれている。タイトルからして、「甘くない生活」とある。ほほう、とまず、頷く。


 時代はソ連崩壊のころ。1990年、ベルリンの壁が崩壊し、翌1991年12月にはゴルバジョフが辞任、ソ連が崩壊する。


 映画の舞台は、1990年のイスラエル。モスクワで、アメリカやヨーロッパ映画のロシア語吹き替えで有名だったユダヤ人夫婦が、イスラエルに移住してくる。歳のころは60歳をちょいと過ぎたあたり。


 夫のヴィクトル・フレンケル(ウラジミール・フリードマン)と、妻のラヤ・フレンケル(マリア・ベルキン)は、モスクワではちょいと有名な声優夫婦だ。飛行機を降りるふたりの仕草から、ヴィクトルの亭主関白さが分かる。イスラエルでは、ソ連からの移住者が多いとはいえ、モスクワとは事情が違う。映画のロシア語吹き替の仕事は皆無である。なれないヘブライ語を覚えて、ともかく何か仕事を探さなければならない。


 ヴィクトルは、シェルターや防毒マスクのチラシ配り。ちょうど、いつフセインがミサイル攻撃を加えてくるか分からないご時勢ということが分かる。ラヤは、ヴィクトルには、電話での香水のセールスと嘘をつき、たくみに声を使いわけるテレホン・セックスの仕事に就く。62歳になったラヤは、マルガリータと名乗り、「20歳、バージンよ」などと客に語りかける。


 やっとヴィクトルは、吹き替えの仕事を見つける。海賊版映画のレンタルビデオ店での仕事で、いわゆる映画泥棒、違法である。店主は、ヴィクトルが著名な声優と知っていて、即、採用となる。「これは犯罪よ」とラヤは反対するが、違法を承知で、ヴィクトルは仕事に励む。


 いまや、ラヤには馴染みの客が付き、マルガリータへの指名が増えていく。ある日、ヴィクトルは、上映中の映画を盗撮するが、すぐにばれて、逮捕されてしまう。ところが、映画館の支配人もまた、ヴィクトルのことを知っていて、身元を引き受けることになる。ヴィクトルは、ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープが夫婦役を演じた「クレイマー、クレイマー」のセリフを暗記しているほどである。支配人は、正規の新作上映で、ロシア語の吹き替えを考えていて、ヴィクトルに仕事を依頼する。

 支配人は評判の「ホーム・アローン」を予定していたが、ヴィクトルは、フェデリコ・フェリーニ監督の新作「ボイス・オブ・ムーン」を提案する。


 やっと、まともな仕事を始めることになったヴィクトルは、ふと、「マルガリータがあなたの妄想を叶えます」との広告を見つけ、電話をかける。さあ、大変。ヴィクトルはひと声で、マルガリータがラヤの声だと分かる。「かつて恋した声はいまや売女の声」とヴィクトルは叫び、大喧嘩となる。ついに、ラヤはヴィクトルと別れ、テレホンセックスの店主デボラ(エヴェリン・ハゴエル)の家に居候の身となる。


 ラヤは、ひいきの客のゲラ(アレキサンダー・センドロビッチ)からデートに誘われる。時あたかも、フセインのミサイル攻撃が始まる噂でもちきりだ。ラヤを気遣うヴィクトルは、防毒マスクを届ける口実で、ラヤの勤め先を訪ねる。ヴィクトルは言う。「映画は豊かな世界そのもの。吹き替えはその入り口だ」。本音で切り返すラヤ。もはやふたりの仲はこれまでと思われた。が、しかし……。


 なによりも、フェデリコ・フェリーニを筆頭に、映画ネタが満載。ヴィクトルとラヤの夫婦は、つい、フェデリコ・フェリーニとジュリエッタ・マシーナの関係が思い浮かぶ。また、1990年当時のイスラエルの実情が、きめ細かく活写され、ドラマの現実味が増す。


 共同で脚本を書き、監督したのは、1979年にベラルーシで生まれ、1991年にイスラエルに移住してきたエフゲニー・ルーマン。4作ほどのキャリアがあるが、本作が日本での初公開になる。ヴィクトルに扮したウラジミール・フリードマンと、ラヤに扮したマリヤ・ベルキンもまた、ロシア生まれで、イスラエルに移住している。ドラマと現実が、うまく重なり、説得力が増す。


 音楽では、アーラ・ブガチョワの「百万本のバラ」が効果的に引用され、映画に彩りを添える。画家のピロスマニが女優に恋をしたという逸話に基づいた歌詞だが、実は、ソ連やドイツに占領されたラトビアの苦難を暗示した曲である。


 コメディタッチではあるが、時代に翻弄されながらも、したたかに生き抜いていく声優夫婦の労苦を、軽快に描いた傑作だ。



☆ 2020年12月18日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開!

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