年末年始見るべき映画 その1の2「ヘルム―ト・ニュートンと12人の女たち」
●「ヘルム―ト・ニュートンと12人の女たち」
(彩プロ配給)
「ヴォーグ」や「エル」、「マリ・クレール」など、多くのファッション雑誌で、いろんな女性を撮り続けた写真家ヘルムート・ニュートンに、インスピレーションを与えたという12人の女性がいる。
シャーロット・ランプリング(女優)、イザベラ・ロッセリーニ(女優)、グレイス・ジョーンズ(モデル、歌手)、アナ・ウィンター(編集者)、クラウディア・シファー(モデル)、マリアンヌ・フェイスフル(歌手、女優)、ハンナ・シグラ(女優、歌手)、シルヴィア・ゴベル(モデル)、ナジャ・アウアマン(モデル)、アリヤ・トゥールラ(モデル)、ジューン・ニュートン(女優、モデル)、スーザン・ソンタグ(作家、批評家、映画監督、演出家)と、ものすごい顔ぶれだ。
この12人が、ヘルムート・ニュートンとはどういう人物だったかを語るドキュメンタリー映画である。
スーザン・ソンタグだけは、アーカイブ映像で、あとは、インタビュー映像を巧みに編集、さまざまな悪評もある写真家について、語り続ける。
ニュートンは1920年、ドイツ、ベルリン生まれのユダヤ人。今年が生誕100年になる。50年代半ばから、有名なファッション雑誌にニュートンの撮った写真が掲載される。女優やモデルのヌードを撮る。サドやマゾを連想するような写真を撮る。一躍有名になるが、やれ女性蔑視だとかの批判も浴びる。それでも、ニュートンは、思うままに撮り続ける。昔、新宿のデパートで、ニュートンの写真展を見たが、実にエロティックで美しく、迫力があったように記憶している。
映画に登場する女性たちには、ニュートンへの深い思い入れがあり、ニュートン作品の本質を見抜いている。「ずっと記憶に残る。象徴的で不躾、でも確実に示唆に富んだ写真」(アナ・ウィンター)。「彼って変態、私もそうだが」というグレイス・ジョーンズは、「エロティックでありながら、示唆に富み、深みがあって写真の中に物語が流れている」と語る。
著名なモデルたちは言う。「被写体の人格を映し出す名人。分析医みたい」(シルヴィア・ゴベル)、「性差別的で女性蔑視だと責めることもできるし、社会にあふれている現実を反映しているとも言える」(ナジャ・アウアマン)などなど。「反解釈」を書いた著名な批評家スーザン・ソンタグは、「あなたの写真は女性蔑視もいいとこよ。女性として不快だわ」と批判的だ。
圧巻は、「愛の嵐」で裸体を披露したシャーロット・ランブリングだ。「世間を挑発するって最高」と、これは賛辞だろう。やや客観的に語るのはイザベラ・ロッセリーニである。「力強くて美しくて恐ろしい映像。同時に反発も覚える」
もちろん、反語だろうが、ニュートン自身が自信たっぷりに発言する。「ほとんどの写真家はひどく退屈であり、写真家に関するほとんどの映画もひどく退屈です」
映画の後半、ニュートンと、「写真は彼の生きがい。執念なの」と言う妻のジューンとの映像が出てくる。世間を騒がせた写真を撮り続けているニュートンの、意外な側面が露わになる。「ジューンにとって、ヘルムートはカメラという小さなオモチャで遊ぶこどものよう」(アナ・ウィンター)
たしかに、ニュートンには煽情的な作品が多い。しかし、そこはかとないユーモアも漂う。見たい部分をシャドウで隠す。ヌードの女性の上半身が、大きく口の開いた剥製のワニの中に入っている。
単に、着せ替え人形のようだったファッション写真に、ニュートンは風穴を開けた、革命的な写真家だった。写真に毒気があるのも確かだが、至ってシンプルな写真ではないかと思う。映画の資料に、ニュートンの性格やものの考え方を端的に示す自身の言葉がある。「私は悪趣味を愛している。趣味が良いということは所詮、標準的なものの見方しかできないということだ」
原題は「THE BAD AND THE BEAUTIFUL」。どこかで聞いたことがあると思ったら、ヴィンセント・ミネリ監督で、ラナ・ターナーとカーク・ダグラスが出ていた「悪人と美女」の原題そのままだ。監督は、ドイツでテレビのドキュメンタリーを多く撮ったゲロ・フォン・ベーム。インタビューのなかで、「悪人」と「美女」はヘルムートの作品に対する世間のリアクションを象徴している、と語っている。
写真家を描いたドキュメンタリー映画には、ニュートンの言葉と違って、「ビル・カニンガム&ニューヨーク」「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」など、傑作が多い。本作もまた、時代の寵児となった写真家の仕事と人となりを、軽妙に解き明かした傑作ドキュメンタリーだろう。
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