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今週末見るべき映画「判決、ふたつの希望」

――侮辱、謝罪をめぐるささいな諍いが、民族や、信じている宗教、政治思想などの違いで、大騒動になる。この軋轢を生む背景を、骨太で、まことに力強く描ききる。

「判決、ふたつの希望」(ロングライド配給)の原題は、「The Insult」、「侮辱」である。「侮辱だ」、「謝罪しろ」の言葉から生まれた諍いが、法廷に持ち込まれ、レバノン社会を巻き込んだ大騒動になっていく。

 レバノンの首都ベイルート。パレスチナ人で、住宅の補修作業の現場監督ヤーセル(カメル・エル=バシャ)と、キリスト教徒のレバノン人、トニー(アデル・カラム)が、バルコニーからの水漏れをめぐって、諍いになる。

 配管を取り付けたヤーセルに向かって、トニーは、「勝手に何をやっているんだ」と怒って、取り付けた配管を破壊する。ヤーセルは、トニーに向かって「クズ野郎」と吐き捨てる。

  トニーは、キリスト教系政党の支持者で、もともと、パレスチナ人をこころよく思っていない。当然、ヤーセルの一言が気に入らない。トニーは、ヤーセルの事務所に出向き、「謝罪しないなら、ヤーセルと会社を訴える」と叫ぶ。上司に謝罪するよう説得されたヤーセルは、しぶしぶ、トニーの営む自動車の修理工場に赴く。

 トニーの怒りはおさまっていない。トニーは、パレスチナ人にとって、言ってはならない言葉を投げつける。「シャロンに抹殺されていればよかった」と。

 激高したヤーセルは、トニーにパンチを見舞う。トニーは、肋骨が二本折れる大ケガを負う。身重の妻シリーン(リタ・ハーエク)の制止をふりきって、トニーはヤーセルを告訴する。やがて、これが、レバノン全土を揺るがす、大きな騒ぎとなっていく。

 シャロンとは、イスラエルによるレバノン侵攻時の国防大臣で、シャロンの名が出ることは、パレスチナ人にとっての最大の侮辱を意味する。アリエル・シャロンは、1982年、レバノンに侵攻し、軍をベイルートにまで進める。アニメーション映画の傑作「戦場でワルツを」で描かれたサブラ・シャティーラの虐殺事件の責任者だった。

 ささいな一言二言がきっかけで、事件はどんどん大きくなっていく。これは、なにもパレスチナ人と対立するレバノン人だけの話ではないだろう。おなじキリスト教を信じる人間同士でも、殺し合う歴史が存在する。

 今年のアカデミー賞の外国語映画賞には、5本の映画がノミネートされた。受賞したのは、チリ代表の「ナチュラル・ウーマン」だが、ほかに、ロシアの「ラブレス」、ハンガリーの「心と体と」、スウェーデンの「ザ・スクエア 思いやりの聖域」、そして、レバノンの「判決、ふたつの希望」だった。どれも力作、傑作揃いで、どれが受賞してもいいような作品ばかり。

 映画の時代背景となるレバノン内戦については、ある程度の知識が必要かもしれないが、映画で詳細に描かれる「人間同士の対立」は、これが戦争になるかどうかは別にしても、どの時代、どこの国にでも起こりうることだろう。

 ある発言が、その言葉以上の「暴力」になることさえ、ありうる。つまり、言葉は、人間の尊厳を大きく傷つけることがあるだろう。映画では、法廷を舞台に、トニーとヤーセルの、互いの尊厳をめぐって、相互非難が連続する。はたして、和解は成立するのだろうか。人間の多様性を尊重し、歩み寄り、寛容な関係を築けることができるのだろうか。

 監督のジアド・ドゥエイリは、レバノン生まれだが、アメリカで映画を学んでいる。クエンティン・タランティーノ監督の「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」などに、カメラ・アシスタントとして参加している。堅苦しい法廷劇を、決して堅苦しく、撮らない。監督は、邦題にある通り、観客が、映画作品のどこに、どのような希望を見いだすかを問いかける。

 映画の終盤、レバノン内戦後、逮捕され、2005年に復権した政治家サミール・ジャアジャアのセリフが出てくる。

「歴史は変えられない。歴史を忘れぬこと。歴史を踏まえ、進むこと。もはや、戦いは終わったのだ」

侵略、被爆、敗戦の歴史を正視せず、口先だけの政策で、経済、外交、内政など、ほとんど成果をあげられなかった政治家が、「正直、公正という言葉は、自分への個人攻撃だ」と言う。つまりは、正直、公正でなかったことを認めている。もはやマンガだ。

 歴史を忘れず、歴史を踏まえ、前に進むこと。映画「判決、ふたつの希望」の問いかけと、その判決の結果は、重い意味を持つ。

☆2018年8月31日(金)~TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

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