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今週末見るべき映画「ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪」

――キュビズムから現代アートまで、20世紀を代表するアート・コレクションを築いた女性ペギー・グッゲンハイムの、アートを愛し、アートとともに生きた人生を描く。

 大富豪の一族、ペギー・グッゲンハイムのアートに捧げた人生を描いて、あきない。ドキュメンタリー映画「ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪」(SDP配給)は、ほぼ編年体で、ペギーの一生を解き明かしていく。編集のなせる技か、これが冒頭からラストまで、観客を捉えて、離さない。

 グッゲンハイム一族は、ユダヤ人の大富豪である。ペギーは、一族のなかでは大金持ちではないが、1912年、タイタニック号で事故死した父親の遺産を、1919年、21歳で相続する。ペギーは、「わずか45万ドル」という。

 ちなみに1912年の1ドルは、約2円。45万ドルだと約90万円。当時の1円は、企業物価指数で換算すると、ざっと1081倍で、いまの金額でいうと、9億7千万円ほど。

 ペギーは、一族では異端。ニューヨークの金持ちのユダヤ人学校に入るも、眉を剃るなど、反抗的だった。1921年、23歳のペギーは、パリに向かい、シュルレアリスムの洗礼を受ける。ふつうは、富豪の男性と結婚するのだが、ペギーは例外。際だった美人ではないが、性的魅力はあったようで、男性遍歴は華麗この上ない。

 1929年、ペギーのロンドン暮らしが始まる。1938年、40歳で開設したのが、「グッゲンハイム・ジューヌ」という画廊だ。ジャン・コクトー、ワシリー・カンディンスキーらの個展を開いている。コレクションは、充実の一途をたどる。ポール・デルヴォーの「夜明け」、サルバドール・ダリの「液状の欲望の誕生」、ジョルジュ・ド・キリコの「赤い塔」、イヴ・タンギーの「岬の宮殿」、マックス・エルンストの「飛行機取りの庭」、ルネ・マグリットの「大気の声」など。

 1939年、画廊経営を経て、ペギーは現代美術館を開設しようとする。時あたかも戦争である。作家は作品を売りたがっている。ペギーは、ジャーナリストのハーバート・リードの協力で、当時のアートを買い進める。

 ジョルジュ・ブラックの「クラリネット」、パブロ・ピカソの「パイプ、グラス、ブランデー・ボトル」、サルバドール・ダリの「無題」、マックス・エルンストの「接吻」、パウル・クレーの「南でのP嬢の肖像」などなど。

 1941年、多くのアーティスト、作家たちがアメリカに亡命するなか、ペギーは、ナチス・ドイツを逃れて、アメリカに戻る。膨大なコレクションも無事、ニューヨークに届く。ペギーは、行動をともにしたマックス・エルンストと結婚する。すぐに、ニューヨークで画廊「今世紀の芸術」を開設する。

 大好きな作家ロバート・マザウェルも、この画廊で初の個展を開いている。映画のなかで、マザウェル本人の音声が使われている。「感情を表現するために、顔を描く必要はない」「抽象芸術の機能は、現実を取り除くことだ。現実感、豊かな状態から引き算をしていく」。マザウェルの傑作版画集に「エル・ネグロ」がある。マザウェルの本質の詰まった、見事な作品と思う。

 本題に戻る。ペギーは、せっかく作った画廊を閉める。画商稼業になじめなかったと述懐するペギー。1947年、ベネチアに移住し、大邸宅を買い取る。多くの美術品がある。ペギーは、1951年、自宅を開放し、一般に公開する。

 同時代のアートを愛し、時代を先取りして、自由奔放に、ペギーは生きた。1976年、伯父のソロモン・グッゲンハイムに、コレクションを遺贈。ペギーが亡くなったのは、1976年、81歳だった。

 映画の冒頭、伝記を執筆するために、ペギーへのインタビューが残されていることが判明する。「残した功績は?」との問いに、「第一は、ジャクソン・ポラックを発見したこと」と答える。「二番目は、コレクション?」「そうね」。ペギーが支援し、世に出したアーティストは、数多い。

 膨大な数の人物名が出てくる。画家だけではなく、彫刻家もいる。コレクションや、画廊経営、美術館の創設などをめぐって、作家や映画監督、作曲家といった人たちとのつきあいも多かった。コレクションに加えた作家や、支援したアーティスト、結婚した男性たち、ベッドをともにした人物たち、映画俳優、建築家などなど。

 ざっとあげると、ロバート・マザウェル、ジャクソン・ポロック、パブロ・ピカソ、ジョアン・ミロ、マックス・エルンスト、フェルナン・レジェ、マルセル・デュシャン、ジャン・コクトー、ガートルード・スタイン、マン・レイ、ジェイムス・ジョイス、エズラ・パウンド、ベレニス・アボット、ハンス・リヒター、サミュエル・ベケット、ポール・デルヴォー、サルバドール・ダリ、ジョルジュ・デ・キリコ、イヴ・タンギー、ルネ・マグリット、ワシリー・カンディンスキー、マーセデス・ルール、アルベルト・ジャコメッティ、ピエト・モンドリアン、ジョルジュ・ブラック、パウル・クレー、コンスタンティン・ブランクーシ、アンドレ・ブルトン、ウィレム・デ・クーニング、フレデリック・モースラー、マーク・ロスコ、クリフォード・スティル、ロバート・デ・ニーロ、フリーダ・カーロ、レオノーラ・キャリントン、ポール・ボウルズ、ジョン・ケージ、ジョゼフ・ロージー、マリノ・マリーニ、ジューナ・バーンズ、アンドレ・マッソン、ジャン・デュビュッフェ、アーシェル・ゴーキー、アレキサンダー・カルダー……。

 こういった人たちが、映画のなかで、どのような形で出てくるのかが、大きな見どころだろう。もちろん、ペギーのコレクションが充実していくくだりには、作家の静止画が添えられ、圧巻である。

 このような優れたドキュメンタリーを製作、監督したのは、リサ・インモルディーノ・ヴリーランドという女性だ。かのダイアナ・ヴリーランドの孫と結婚、祖母にあたるダイアナ・ヴリーランドのドキュメンタリー映画「ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ」を製作している。

 ペギー・グッゲンハイムは、ヨーロッパとアメリカの現代アートを結びつけた、いわば、現代アートの歴史のような女性だった。晩年のインタビューで、「クレイジーな人生か?」との問いに、「まちがいないわ、芸術と愛に生きた」と。そして、ペギーは言う「望んだことは成し遂げた」と。

☆2018年9月8日(土)~シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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