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今週末見るべき映画「バルバラ セーヌの黒いバラ」

――1950年代から、シャンソン界の最前線で活躍した歌手のバルバラ。その人生は謎が多く、まるでバルバラに誘われるかのように、映画監督と女優は、バルバラの人生を映画で辿っていく。

(2018年11月13日「二井サイト」公開)

 バルバラは、多くのレコードを残している。雰囲気は決して明るくはない。シニカル、である。自ら詩を書き、曲を付け、ピアノを弾き、唄う。

 好きな曲のひとつに、「ナントに雨が降る」がある。ちあきなおみの「喝采」のお手本になったシャンソンだ。その他、「黒いワシ」「我が麗しき恋物語」「小さなカンタータ」「不倫」などなど、傑作揃い。

 俳優のマチュー・アマルリックが脚本を書き、監督を務め、映画監督イヴ役を演じる。映画女優ブリジット役に、ジャンヌ・バリバールが扮した映画が「バルバラ セーヌの黒いバラ」(ブロードメディア・スタジオ配給)だ。

バルバラの伝記映画ではない。歌手のバルバラを描いた映画を撮ろうとする監督と女優のドラマと、とりあえずは言える。

 舞台はパリ。シャンソン歌手バルバラを描く映画の撮影準備が進んでいる。ブリジット(ジャンヌ・バリバール)が現場にやってくる。バルバラの部屋のセットには、すでに、グランドピアノが用意されている。スタッフの女性がブリジットに脚本を渡し、言う。「脚本は常に変わるから」。ブリジットは答える。「私の演技も変わるから」

 撮影が始まる。ブリジットは、バルバラのコンサートでの映像を見て、バルバラの仕草や、表情を掴もうとしている。監督のイヴ(マチュー・アマルリック)は、ブリジットに何冊もの本を渡し、別途、バルバラについての取材を続けている。脚本も、その都度、書き直している。バルバラを演じるための、ブリジットのリハーサルが続く。

 ブリジットは、車のなかでも、唄い続ける。ハンガリーとフランスのふたつのバージョンで、「ゴッドファーザー 愛のテーマ」なども。

 劇場で唄うシーンの撮影がある。知り合いが大勢、現場にやってくる。ブリジットにサインをもらう中に、イヴの姿がある。ブリジットは皮肉まじりに言う。「主人公はバルバラ? それともあなた?」と。イヴは答える。「同じことです」と。

 バルバラもカバー・レコードを録音した大歌手、ジャック・ブレルが亡くなる。この新聞記事で、バルバラが服毒するシーンがある。もちろん劇中劇なのだが、さらに撮影が進行するうちに、ブリジットは、バルバラそのものに思えてくる。イヴもまた、バルバラを演じるブリジットに、「16歳のとき、あなたの歌に救われた」とまで言ってしまう。もはや、女優ブリジットはバルバラで、映画監督イヴは、16歳の少年だ。

 女優ブリジットを演じたジャンヌ・バリバールは、もともと、バルバラによく似ていて、やがて、現実のブリジットと演じているバルバラが、同一人物のように思えてくる。ジャンヌ・バリバールは、監督役のマチュー・アマルリックの元パートナーで、「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」では、モナコの国際赤十字の代表の伯爵夫人役で出ていたので、ご記憶がある方もいるだろう。

圧巻は、撮影のリハーサルで、ブリジットが唄うシーンだ。自らの歌詞、曲である。ピアノを弾きながら、「脱帽」と「愛していると言えない」を唄う。すでに女優のブリジットは、完全にバルバラそのもので、思わず、ゾクッとする。

映画のなかで、映画を撮る。映画を撮り、演じる人物が、映画の中の人物に限りなく近づいていく。入れ子構造の巧みさに加え、くどい説明は一切、しない。かつて、傑作「さすらいの女神たち」を撮ったマチュー・アマルリックである。バルバラという歌手に魅せられた監督の潔さが、映画を彩り、染めていく。

 バルバラは、同時代に活躍したダリダのように、外国の歌はほとんど唄わなかったと思う。バルバラは、自分しか唄えないようなシャンソンの詩を書き、曲を付け、唄った。1970年の来日公演もあったが、聴くチャンスを逃した。バルバラが亡くなったのは1997年11月、67歳だった。いまは、残された音源を聴き、残された映像を見るのみだ。

☆ 2018年11月16日(金)~ Bunkamura ル・シネマ にてロードショー

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