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「第19回東京フィルメックス閉幕」~最優秀作品賞は「アイカ(原題)」に


 この11月17日(土)から開催の第19回東京フィルメックスが25日(日)、閉幕した。 

 今回もまた、コンペティション作品、特別招待作品とも、個性的で、レベルの高い作品がズラリ。多くの、優れた映画をたくさん見ることができた。

 ここ数年、東京フィルメックスでは、毎回、多くの広域アジア作品に接したが、今年は、過去最強の作品群が揃ったのではないか。

コンペティション作品は10本。授賞式が始まる。

 学生審査員賞は、ビー・ガン監督の「ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)」(中国、フランス)が選ばれた。

 舞台は、中国の貴州省・凱里。父の葬儀のためにルオが故郷に戻ってくる。

 断片的だが、ルオに過去の記憶がよみがえってくる。別れた恋人のこと、ヤクザとの諍い、そして死んでいった友人のことなど。ルオはふと、3Dを上映している映画館に入っていく。ここから、約1時間、観客はルオとともに、ワンカットで撮られた3D映像を体験することになる。奥行きもさることながら、広大な、目が眩むようなシーンの連続。ビー・ガン監督の美学に酔いしれる。

 タン・ウェイが美しく、監督で俳優でもあるシルヴィア・チャンが、ほんの少し登場し、錦上花を添える。

スペシャル・メンションに、日本の広瀬奈々子監督の長編監督デビューになる「夜明け」(日本)が選ばれた。未見なので、公開時には見てみよう。

審査員特別賞は、チベット生まれのペマツェテン監督の「轢き殺された羊」(中国)が選ばれた。標高5000メートルのココシリ高原。トラックを運転している男ジンパは、羊を轢き殺してしまう。

 ジンパは、ヒッチハイクの若い男をトラックに乗せる。無口な男の名もジンパ。父を死においやった復讐のため、ある男を殺しに行くという。二人のジンパを乗せたトラックは、目的地に着く。荒涼たる風景に、ただならぬ緊張感。ペマツェテンの冴えた演出に引きつけられる。

 ざっとコンペティション作品をほぼ見終えたころ、仲間うちで、ほんの座興に賞の行方を占ってみた。

 「象と羊の一騎打ちか」などと言いあう。「羊」は審査員特別賞だった。

 では、最優秀作品賞は、フー・ボー監督の「象は静かに座っている」(中国)かと思えた。審査委員長のウェイン・ワンが読み上げる。セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督の「アイカ(原題)」(ロシア、ドイツ、ポーランド、カザフスタン、中国)だった。

「難しい作業だった。どれも異なるスタイルで個性的」と前置きし、「借金を抱えた25歳のキルギス女性の、モスクワで遭遇する肉体の苦痛、生き延びる意志が描かれ、不法移民や中絶問題など、今日の世界に響く」との授賞理由を述べる。

 ドヴォルツェヴォイ監督が挨拶する。「人間をテーマに、どこにでも起こりうる問題を、共感できるものとして作った」。全く異存はない。世界じゅうのさまざまな問題について、共感できる表現のひとつが映画だからだろう。

 では、「象」はどうなったか。授賞こそなかったが、審査員の間でも、評価が分かれたらしく、いちばん時間をかけて議論した作品だった。不思議なたたずまいの映画だ。

 中国の北の地方都市に暮らす四人の、ある一日をカメラが追う。若者ブーは、同級生を階段から突き落とす。既婚の教師との関係に悩むリン。親友の自殺を目撃したチュン。ワンは、息子への絶望を隠さない。それぞれに問題を抱える四人の憧れは、内モンゴルの満州里で静かに座っている象を見ることだ。

 3時間54分と長い映画で、暗いトーンのなかに、人物の表情が大写しになり、無言ながら、表情の微妙な変化が多くを語る。このスタイルからは、長尺になるのは仕方のないところか。

 監督のフー・ボーは、これが長編第一作で、映画の完成後、自ら命を絶っている。1988年生まれというから、あまりにも短命。

 観客の投票で選ぶ観客賞には、特別招待作品の近浦啓監督「コンプリシティ」(日本、中国)が選ばれた。

 技能実習生として、中国の河南省から来た青年チェン・リャンは、研修先の企業から失踪し、不法滞在となる。あるきっかけで他人になりすましたチェン・リャンは、山形の小さな蕎麦屋で働くことになる。いまの日本の外国人労働者をとりまく現実を描き、タイムリーだ。

 ほかのコンペティション作品で、印象に残ったのは、イン・リャン監督の「自由行」(台湾、香港、シンガポール、マレーシア)だ。

 女性の映画監督ヤンは、中国での映画製作で問題を起こし、いまは香港に住んでいる。ヤンは、台湾での映画祭に参加するチャンスを狙って、中国にいる母親を観光ツアーの一員として台湾に呼びよせるのだが……。上海生まれの監督自身の境遇や、映画製作上の苦闘が投影され、胸を打つ。

特別招待作品は、どれも傑作、力作揃い。とくに印象に残った数本を挙げてみる。

 オープニング作品は、ホン・サンス監督の「川沿いのホテル」(韓国)だ。例によって、ホン・サンス独特のスタイルで、ごく日常を装った会話が連続する。

家を出た老詩人が、川沿いのホテルに、ふたりの息子を呼ぶ。父と息子二人の間には、複雑な感情があるようだ。詩人は、同じホテルに泊まっている二人連れの若い女性に話しかけ、自らの詩を朗読する。何気ない会話だが、家族とは、老いとは、おおげさに言えば人生とは何かと、問いかけているようだ。

クロージング作品は、ジャ・ジャンクー監督の「アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト(原題)」(中国、フランス)だ。圧巻である。

 2001年、中国・四川省の大同。チャオ・タオ扮するチャオは、ヤクザな男ビンの愛人だ。チンピラに脅されたビンを救うため、威嚇で銃を乱射する。服役5年、刑期を終えたチャオは、大同を後にしたビンを追って、三峡ダム建設で、沈みかかっている町、奉節に向かう。変貌を遂げつつある中国に、男と女の生き抜こうとする姿がくっきり。ジャ・ジャンクーのミューズ、チャオ・タオが、とにかく美しく、格好いい。

 強く印象に残ったのが、アモス・ギタイ監督の「エルサレムの路面電車」(イスラエル、フランス)だ。

 舞台は、朝早くから夜遅くまで走るエルサレムの路面電車。ユダヤ人、パレスチナ人、アラブ人、観光客などが乗り合わせる。一見、ドキュメンタリーふうに、乗り降りする人たちをスケッチしていく。マチュー・アマルリック扮する旅行客は、子連れだ。息子に説教する老いた母親、喧嘩をする夫婦、牧師は福音書の一節を語る。政治、宗教、サッカーなどなど、話題は広い。圧巻は、パレスチナとユダヤの若い女性ふたりの掛け合いだ。さまざまな人たちの、ほんの一瞬の時間は、イスラエルのいまを生きる人たちの人生そのもの。

 リティ・パン監督は、相変わらず、クメール・ルージュを告発する。「名前のない墓」(フランス、カンボジア)は、監督自身が剃髪するシーンから始まる。監督は、クメール・ルージュ時代に虐殺された人たちの遺骨がどこにあるかを探り、明らかにしようとする。祖国の悲劇を、映像で残そうとするリティ・パンの執念を感じる力作だ。

特集上映は、イランのアミール・ナデリ監督作品だ。1973年の「タングスィール」、1974年の「ハーモニカ」「期待」、2018年にアメリカで撮った新作「華氏451」「マジック・ランタン」の5作品が上映された。「ハーモニカ」は、ひとつの日本製のハーモニカをめぐって、子どもたちが繰り広げる騒動を描いている。1974年は、ソ連のソルジェニーツィンが、国外追放。アメリカでは、ウォーターゲート事件でニクソンが辞任。田中内閣が総辞職した年である。アミール・ナデリが1974年に撮った児童映画は、すでに世界の現実の縮小版でもあった。

 来年の2月公開になる「山<モンテ>」を控えた監督は、連日、会場に現れ、自ら、チラシを配り、PRに務める。チラシにサインを頼むと、気軽に書いてくれた。宝物がまたひとつ、増えた。アミール・ナデリは、常に、新しいジャンルに挑戦し続けている。

 以上、第19回東京フィルメックスは、充実した作品ばかり。いずれ、日本で一般公開となる作品も多く、その折りには、ぜひまた見てみたい。

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