top of page

今週末見るべき映画「迫り来る嵐」

――1997年7月、香港返還。中国が著しく変貌を遂げるなか、時代に翻弄されていく男を、サスペンスたっぷりに描く。

                      (2019年1月2日「二井サイト」公開)

2019年初頭に、骨太の中国映画「迫り来る嵐」(アットエンタテインメント配給)が公開される。一昨年の第30回東京国際映画祭のコンペティション作品として上映され、最優秀男優賞(ドアン・イーホン)と、芸術貢献賞を受けている。映画祭の終了間近、これが最優秀作品賞と予想したのだが……。

 1997年。ユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)は、中国の小さな町にある国営製鋼所の保安部に勤める警備員だ。ユィは、所内での盗みなどの犯罪摘発の実績があり、「ユィ探偵」などと言われている。

 製鋼所の近くで、若い女性がほぼ全裸で殺され、すでに3人目になる。ユィは殺人現場に出向く。日頃、親しくしているジャン警部(トゥ・ユアン)に捜査情報を聞きだして、まるで刑事になったように、勝手に捜査に乗り出していく。

 どうやら、犯人は、別の場所で女性を殺し、後から死体を現場まで運んだらしい。ユィは、部下のリウ(チェン・ウェイ)を自転車に乗せ、事件の経過を再現しようとまでする。雨が降り続いていて、自転車で遺体を運んだかどうかは定かではない。

 ユィは、殺された女性が出入りしていたダンス広場の存在を聞き、広場に向かう。ユィは、若い女性から声をかけられ、不審な男が出入りしていたことを知る。 

 雨の降るなか、また女性の死体が発見される。捜査の進展を知ろうとするユィに、ジャン警部は、「身の程をわきまえろ」と叱りつける。

 それでも、ユィはあきらめない。降り続く雨のなか、リウとともに、製鋼所の入り口で張り込みを続けている。怪しげな素振りの男を見つけたユィとリウは、製鋼所に逃げ込む男を追う。追うさなか、リウは感電して、地上に落ちる。ユィは、操車場まで男を追い、格闘になるが、いま一歩のところで、男を見失う。リウは、落下がもとで死んでしまう。部下の死に責任を感じたユィは、ますます捜査にのめり込んでいく。

 ユィには、怪しげな場所で働くイェンズ(ジャン・イーイェン)という、美容師を目指している恋人がいる。香港行きを夢みているらしく、ユィに聞く。「香港には行けるようになるの?」と。イェンズの部屋にある写真を見たユィは、殺された女性たちの容貌が、イェンズに似ているのに気付く。

 5人目になる女性の死体が見つかる。ジャン警部は、あちこちに張り込みを続けるが、何の手がかりのないまま、捜査は難航していく。

なおも犯人を追うユィは、やがて、自らの人生が大きく狂っていくことになる。

サスペンスたっぷりだが、単なる猟奇殺人事件の顛末を描いた映画ではない。これは、時代に取り残されようとしている人たちの、切なく悲哀に満ちたドラマである。

 ユィの運命を暗示するシーンが、いくつも出てくる。

 ユィは、模範工員として表彰されるが、そのスピーチの最中、機械の不具合で、舞台効果用の偽の雪が降ってくる。

 懇意だったジャン警部からは、手を引くよう、警告を受ける。

 後輩のリウを亡くす。

 免れると思っていたリストラにあう。

 さらに、唯一、寄り添ってくれているイェンズさえも失うことに。

 多くの工員を抱えた製鋼所は閉鎖、爆破される。連日の雨は、やがて雪になっていく。

 2008年、北京オリンピック開催の年。ユィの消息が描かれる。この年の1月、現実では寒波襲来による豪雪で、まさに迫り来る嵐そのものだが、激しい嵐のような世の中の変化に、ユィが気付いているかどうかは分からないままである。ひょっとして、ドラマ全体が、ユィの妄想なのかもしれない。観客は、ここから、また別の新しいドラマを想起することも可能かもしれない。

 原題は「暴雪将至」。2008年1月、中国南部に寒波が襲来、豪雪になる。影響は20省以上に及び、避難者は166万人、経済損失は1516億元、避難者1億人以上。湖南省など7省に深刻な被害を与えた。

1997年から2008年のわずか10年ちょっとの間に、中国は大きな変貌を遂げる。改革開放を謳歌する人もいるが、時代に翻弄されたユィやイェンズのような人たちも、確かに存在するのだろう。

 主役のユィを演じたドアン・イーホンは、テレビ畑のスターで、2002年、ワン・シャオシュアィ監督の「二弟」で映画デビュー。寡黙な下級労働者といった役どころを、雄弁な表情で、演じきる。

 香港への憧れを隠さないイェンズを演じたジャン・イーイェンは、元はアイドル歌手グループのメンバーで、「南京!南京!」「レイン・オブ・アサシン」など、多くの映画に出ている。憂いと哀しみをたたえた微笑みが、複雑な心情を代弁する。熱演だ。

 上映時間は1時間59分。途切れぬ緊張が、ラストまで続く。

 脚本、監督は、ドン・ユエ。映画のスチール写真から広告映像の監督を経ての長編劇映画デビューになる。監督は、人間の心理状態の変化を描くのに影響を受けた映画として、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」と、フランシス・フォード・コッポラ監督の「カンバセーション…盗聴…」をあげる。

 また、製鋼所の入口を描くシーンは、リュミエール兄弟の「工場の入口」を想起するとか、ドラマの設定が、ディアオ・イーナン監督の「薄氷の殺人」のようだとの指摘もあるが、一般の映画ファンには、どのシーンがかつてのどの映画に似ているなどといったことは、あまり重要ではないと思う。なぜなら、優れた映画監督は、多くの優れた映画から、独自の映画文法、表現を発見するからだろう。

 監督は言う。

 「誰でもないどこにでもいるような人物が、時代の性質次第でいかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたいと、考えた」

 過去の多くのすぐれた映画から、見事にこの思いが結実したのではないか。

☆ 2019年1月5日(土)~新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー

タグ:

最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page