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今週末見るべき映画「ヒューマン・フロー 大地漂流」

――中国・北京生まれのアイ・ウェイウェイは、いま、ドイツで暮らす。アーティスト、建築家、キュレーター、評論家と多才なアイ・ウェイウェイが、世界じゅうに散らばる難民を取材、ドキュメンタリー映画にまとめあげる。

                     (2019年1月10日「二井サイト」公開)

北京オリンピックのメイン・スタジアム「鳥の巣」の設計に加わったひとりでもあるアイ・ウェイウェイは、さまざまなアート表現で中国を批判、国を追われる。自らも、いわば難民のひとり。その目は、世界じゅうの難民に向けられる。

「ヒューマン・フロー 大地漂流」(キノフィルムズ配給)は、アイ・ウェイウェイが、23カ国を回り、2016年現在、世界じゅうの難民の実態を伝えたドキュメンタリー映画だ。

 世界じゅうの貧困、あちこちでの戦争、温暖化による異常気象、信じる宗教の相違、政治的立場などなど、難民となる理由が数多く存在する。その数、6500万人にのぼる。昨年(2018年)には6850万人。難民事情は、さらに複雑になり、その数は減らない。

 映画の世界では、難民問題を扱った傑作は多く、思いつくまま、ざっと挙げても、「希望のかなた」「ルワンダの涙」「ディーパンの闘い」「ル・アーヴルの靴みがき」「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~」「ぼくたちのムッシュ・ラザール」「カンダハール」などなど、枚挙にいとまがない。日本では難民映画祭が開かれるほどだ。

 そもそも、難民とは何か。1951年の難民条約によると、「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分な理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」とある。

 さらに、「平和に対する犯罪、戦争犯罪、人道に対する犯罪、避難国外での重大な犯罪、あるいは国連の目的や原則に反する行為を行ったことがない」という条件が付く。いまの世界だ。難民が増えるのは、当然だろう。

 アイ・ウェイウェイは、冒頭で、トルコの詩人で、劇作家、革命運動家でもあったナーズム・ヒクメットの詩を引用する。

「生きる権利が欲しい 跳ねるヒョウやはじける種のような 持って生まれた権利が欲しい」。もう、この詩が、映画のテーマそのものだ。

 救命ボートにたくさんの人が乗っている。イラクからの難民たちだ。2003年、アメリカ主導の多国籍軍がイラクに侵攻する。26万8千人が死に、400万人以上のイラク人が、故郷を追われた。女性が言う。「ダマスカスからミサイルが雨のように降ってきた」

 ギリシャのレスボス島。1週間に5万6千人以上の難民が漂着する。2015年から2016年には、シリア、イラク、アフガニスタンから100万人を超える難民が漂着し、ドイツやスウェーデンに向かう。「ドイツなら受け入れができる」と、メルケル首相は言うけれど。

 ミャンマーのイスラム系少数民族のロヒンギャのリーダーのひとりが言う。「先祖代々の地から外国へ追いやられ、家畜も奪われ、すべて失ってしまった。数千人もの女性がレイプされ殺された。敬虔なムスリムの我々は抵抗しない。敵を怨むなと説くイスラム教を信仰しているから」と。長年、ミャンマーの軍事政権から弾圧を受けたロヒンギャの約50万人が、バングラデシュ、タイ、マレーシアに避難した。

 アイ・ウェイウェイのカメラは、こういった悲惨な現実を、ひたすら、美しく撮る。ドローンを駆使しての俯瞰撮影の鮮やかさ。難民たちの表情や仕草にあまり悲壮感を感じないけれど、厳しい現実が横たわっている。

 日本では「法句経」とよぶ仏典「ダンマパダ」の一節が示される。「空や海または山の中であろうと 悪行の報いから逃れられる場所はない」。これまた、絶妙な引用だ。

 ギリシャ北部を歩き続ける難民たち。激流の川を渡り、ただ歩き続ける。心臓にペースメーカーを入れている初老の男がいる。妻も椎間板ヘルニアだ。

 2015年、ヨーロッパ諸国は、難民に対して国境を閉じ始め、数万人がギリシャで足止めされた。ギリシャとマケドニアの国境近くには、1万3千人もの難民がいる。

 スロベニア、クロアチア、セルビアも国境を閉鎖する。紛争や爆撃から逃れ、ドイツを目指したシリアやイラク、アフガニスタンの難民たち1万3千人が、立ち往生している。ヒューマン・ライツ・ウォッチのディレクターは嘆く。「雨で濡れた服も乾かせない。スープ一杯のために、2時間も並ぶことがある」

 1989年、ベルリンの壁崩壊当時、国境に壁やフェンスを設けていたのは11カ国だが、2016年には、70もの国に壁、フェンスがある。

 シリアとヨルダンの国境。約130万人のシリア人は、内線から逃れ、ヨルダンに入る。結果、ヨルダンは、200万人以上のパレスチナ難民を受け入れることになる。

 ヨルダンの王女、ダナ・フィラスが、アイ・ウェイウェイのインタビューに答える。

 「安全な暮らしを求める人々に扉を開いている。本当の故郷に戻れる日まで、人々に尊厳と住むところを持ってほしい。大切なのは人道主義で、人は慈悲の心を失ってはいけない。他者の苦しみに無関心な社会は危険だ」

 イタリア南部。2015年、16年と、21万人を超える難民が、アフリカから漂着する。寒い。難民たちは、アルミのシートにくるまれて、バスに乗せられ、アテネを経由してマケドニアに向かう。

 クルドの反骨詩人、シェルコ・ディカスの詩が引用される。「我々は言わば決してつながらない線路 無理に向き合えば 愛の貨車が横転する」

 アイ・ウェイウェイは、知り合ったシリア人の男に、「パスポートを交換しよう」とジョークを飛ばす。どちらも、いまや中国のパスポート、シリアのパスポートは不要の身である。

 自給自足の老夫婦の声が切ない。「私たちが望むのは平和だけ。誰にも死んでほしくない。でも、若者が大勢、死んでしまった。それが悲しくて、胸が痛む」

 イラン、イラク、シリア、トルコにまたがる山岳地帯に3000万人のクルド人が暮らしている。2015年、トルコが軍事作戦を強化、50万人が故郷を追われた。アイ・ウェイウェイのカメラは、崩壊した家に入っていく。「平和が欲しい、いがみあうべきじゃない」と女性は言う。

 出家を覚悟したのか、アイ・ウェイウェイは自らの髪の毛を剃る。そして、難民の現状を伝える旅は、まだまだ続いていく。

 アイ・ウェイウェイは、人権をめぐって、中国政府に真っ向から逆らう活動家でもあり、2008年、四川大地震で亡くなった児童への国家の責任を追求する。2011年4月、脱税の容疑で拘束される。拘束は81日間におよび、保釈の条件は、拘束内容の取材には応じない、ネットでの表現は禁止、1年間は北京を出てはならない、というものだった。

 2012年には、当局の監視のなか、どのようにアーティストとして活動しているかを追った、アリソン・クレイマン監督のドキュメンタリー映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」が完成、日本でも公開された。アイ・ウェイウェイは、謝らないどころか、自らの表現、思想の自由を脅かす権力に対して、左手の中指を立てる。

 ドイツ映画「ヒューマン・フロー 大地漂流」には、製作総指揮に、「アイ・ウェイウェイは謝らない」のアンドリュー・コーエン、製作者として「不都合な真実」のダイアン・ワイアーマン、編集で「アクト・オブ・キリング」のニルス・アンデルセンが加わる。強力なスタッフだろう。

 二度と、故国中国の土を踏めないと思われるアイ・ウェイウェイは、インタビューのなかで言う。「政治家が基本的な価値観や人権を忘れてしまったら、様々な危機は起こり続けるでしょう」

☆2019年1月12日(土)~ シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 

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