今週末見るべき映画「グリーンブック」
――1960年代、実在した黒人のジャズ・ピアニストが、粗野なイタリア系の用心棒を従え、黒人差別のまかり通るアメリカ南部のコンサート・ツアーに出かける。
(2019年2月26日「二井サイト」公開)
「グリーンブック」(ギャガ配給)は、今年のアカデミー賞で、作品賞、主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞(ニック・バレロンガ、ブライアン・カーリー、ピーター・ファレリー)、編集賞(パトリック・J・ドン・ヴィト)の5部門にノミネートされ、作品賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した。
作品賞、脚本賞はもちろん、「ムーンライト」に続いて、二度目の助演男優賞をうけたマハーシャラ・アリの演技は、じゅうぶん、受賞に値すると思う。
なにより、1960年代の、黒人差別が当たり前の時代のアメリカ南部が、丁寧に、しっかりと描かれている。
教養のある黒人の天才ピアニストが、粗野な白人を運転手として雇い、差別が顕著な南部でのコンサート・ツアーに出かけていく。
思想、信条、生い立ち、性格の違うふたりが、いがみあいながらも旅するうちに、しだいに心が通い合っていく。よくある設定ながら、この心がふれあうプロセスが、なんともユーモラスで、きめ細かく、すてきだ。
すぐ想起したのは、戯曲を映画にした「ドライビングMissデイジー」だ。ジェシカ・タンディ扮するユダヤ系の老女と、モーガン・フリーマン扮する運転手が、長い時間を経て、心を通わせていく。
「グリーンブック」の描く時代は、1962年。イタリア系のトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、ニューヨークの有名なナイトクラブ「コパカバーナ」の用心棒をしている。いささか粗野なトニーは、この仕事がぴったりで、今日も、無礼な客に、パンチを浴びせる。
ある日、「コパカバーナ」が改装のため、2カ月の閉鎖が決まる。妻のドロレス(リンダ・カーデリーニ)と、まだ幼い二人の息子を抱えるトニーは、短期で出来る仕事を探さなければならない。
「ドクターが運転手を探している」との情報に、てっきり、医者からの依頼と思ったトニーは、指定された住所にたどり着く。なんと、そこはカーネギー・ホールの上にある高級マンションで、雇用主は、博士号を持った黒人のピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)で、仕事は、2カ月間の南部でのコンサート・ツアーの運転手だ。トニーは、偏見などはないと言うが、「黒人の身の回りの世話などはできない」「俺は召使いではない」と拒否する。
南部では、黒人への差別が、ことさらひどく、州法でも、黒人の立ち入り禁止の場所や施設が決められている。シャーリーは、トニーの出した、いくつかの条件を受け入れ、どちらも、やや、しぶしぶながら、南部を目指すことになる。トニーは、シャーリーのレコード会社から、「グリーンブック」という、黒人の泊まれるホテルなどが記されたガイドブックを受け取る。
教養があり、洗練されたシャーリーと違って、あらゆる点で、トニーは雑そのもの。当然、ふたりの会話は、かみ合わない。トニーは、ボビー・ライデル、リトル・リチャード、チャビー・チェッカー、アレサ・フランクリン、サム・クックといったミュージシャンに詳しいが、シャーリーは「聴いたこともない」と受け流す。
インディアナ州ハノーヴァーでは、契約していたピアノが、スタインウェイではない。トニーが、猛然と抗議する。シャーリーは、ミュージカル「南太平洋」に挿入された「ハッピー・トーク」を、軽々と演奏する。
ケンタッキー州ルイビル。白人しか入れないバーに入ったシャーリーが、ひどい扱いを受ける。シャーリーは、ベースとチェロを従え、ジョージ・シアリングの名曲「ララバイ・オブ・バードランド」を弾く。
ノースカロライナ州ローリーでは、黒人の入れないトイレがある。ジョージア州メイコンでは、黒人というだけで、スーツの試着もできない。やがて、シャーリーの隠していた、ある秘密が明らかになるが、トニーは鷹揚そのもの。
ショパンの「木枯らしのエチュード」くらいは、いとも簡単に弾くシャーリーの演奏は、どこでも喝采を受ける。
旅は、アーカンソー州リトルロック、ルイジアナ州バトンルージュを経て、いよいよ、差別の激しいアラバマ州バーミンガムだ。1956年、あのナット・キング・コールさえ、コンサートのさなか、白人に襲われた町だ。すでに、心が通い合ったふたりは、バーミンガムに到着するのだが……。
トニー・リップと、黒人ジャズ・ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリーは、実在した人物である。だから映画は、史実に基づいている。
トニー・リップの本名は、トニー・バレロンガ。共同で脚本を書き、プロデューサーを務めたニック・バレロンガは、トニーの息子である。
トニー自身は、後に、俳優として、「ゴッド・ファーザー」や「グッド・フェローズ」に出ている。また、実際の音源は聴いたことはないが、わずか9歳でレニングラード音楽院に入学したドナルド・シャーリーは、多くはないがレコード録音を残している。音楽、心理学、典礼芸術の博士号をもっているので、通称がドクター・シャーリー、というわけである。
トニーを演じたヴィゴ・モーテンセンと、ドクター・シャーリーを演じたマハーシャラ・アリの会話は、まるで掛け合い漫才。お互いに、心を開いていく過程がきめ細かく描かれ、これは演出したピーター・ファレリーの力量だろう。
ジム・キャリーや、ウディ・ハレルソン、キャメロン・ディアス、グゥイネス・パルトロー、マット・デイモン、ドリュー・バリモアといった、名だたる俳優たちへ示したコメディ演出は、いっそうの冴えを見せる。
見て思う。差別の現場を知り、学ぶことだ。そして、ささやかでいいが、ほんの少し、勇気をもって、一歩、踏み出すこと。
もともと、移民の国である。国境に壁などを作ろうとする大統領などは、一部の人しか、望んではいない。さまざまな差別もまた然り。映画芸術科学アカデミーが、「グリーンブック」に作品賞を授与した意味は、大きい。
☆ 2019年3月1日(金)~ TOHOシネマズ日比谷ほか 全国ロードショー