今週末見るべき映画「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」
――ジョージ・W・ブッシュ政権下のアメリカ。2001年9月11日の同時多発テロ後、イラク侵攻の口実に、イラクに大量破壊兵器が存在するとの政府の「巨大な嘘」を暴こうとする新聞記者たちから、真のジャーナリズムのありようが見えてくる。
(2019年3月26日「二井サイト」公開)
政府の嘘を暴く。権力の横暴を批判する。ジャーナリズムの果たすべき、当然の役割だ。いまの日本の多くのメディアは、まったくの骨抜き。受信料を取り、公共放送であるはずのテレビ局は、いまや政府の広報そのもので、政府に都合の悪いことは、ほとんど報道しない。民間のテレビ、大新聞もまたしかり。翼賛報道の明け暮れで、うんざりだ。
テレビも新聞も、政府の発表を鵜呑みにし、垂れ流すことが多い。もっと、あちこちに、自分の足で取材しろ、と言いたくなる。もっとも、多くのメディアの幹部たちが、総理大臣と晩餐を共にしている。もっと取材しての報道をと願っても、無理だろう。
2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが起きる。以降、アメリカのほとんどのメディアは、まるで、いまの日本のように、政府支持の報道を展開していた。
映画「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」(ツイン配給)は、イラクに大量破壊兵器があると煽り、軍事行動をとろうとするアメリカ政府の動きに、多くの地方紙を傘下に持つ「ナイト・リッダー」の記者たちが疑いを持ち、その取材ぶりを、当時の実際の報道を挟みながら、描いていく。スリリングそのもの。記者たちは、粘り強く、あちこちに取材を試みる。
ちなみに、副題の「衝撃と畏怖(SHOCK AND AWE)」は、映画の原題で、アメリカのイラク侵攻の作戦名だ。
同時多発テロ後、ブッシュ大統領は、テロとの徹底抗戦を宣言する。イスラム系のテロ組織アルカイダの指導者、オサマ・ビンラディンが首謀者で、イラクのサダム・フセインと通じていると決めつける。「ナイト・リッダー」のワシントンD・C・の支局長、ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は、ブッシュ政権の、ある情報をキャッチする。
ブッシュ政権は、ビンラディンを匿っているアフガニスタンのタリバンへの攻撃だけでなく、大量破壊兵器を保持しているらしいイラクへの攻撃を仕掛けようとしている。
ウォルコットは、国家安全保障担当の記者ジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)と、外交担当の記者ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マーズデン)に、取材を命ずる。
ランデーとストロベルは、安全保障や中東問題の専門家、国務省や国防総省などの政府職員、外交官らに、幅広く、丹念な取材を続けていく。やがて、ビンラディンとイラクのフセイン大統領が繋がっている証拠はないのに、イラクとの戦争を画策していることが分かってくる。
ウォルコットの要請で、強力な助っ人が現れる。かつてベトナムに記者として従軍、いまは国務省でコンサルタントをしているジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)だ。ウォルコットは檄を飛ばす。「もし他のメディアが全て政府の広報になるならやらせとけ。我々は子供を戦場に送る親たちの味方だ」と。
ライス国家安全保障大統領補佐官は、イラクとアルカイダは繋がっていると発言。ニューヨーク・タイムスには「イラクの亡命者が武器をあちこちに隠している」と報道。大手メディアの、政府見解を鵜呑みにした報道が増えていく。そんななか、ウォルコットの指揮のもと、ランデー、ストロベル、ギャロウェイは、真実を求めて、地味な取材を続け、記事を書き続ける。
後に、アメリカがイラクを攻撃する1年半前に、「ナイト・リッダー」の配信した記事は、すべて真実であることが判明する。
国際情勢に疎い大統領を操って、イラク侵攻を画策したのは、国防長官のドナルド・ラムズフェルドと、副大統領のディック・チェイニーである。4月5日(金)公開になる「バイス」という映画では、チェイニー役をクリスチャン・ベール、ラムズフェルド役をスティーヴ・カレルが演じて、イラク侵攻に至るまでの経緯が描かれる。「バイス」も、小欄でレビューする予定だ。
「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」のラストで、いくつかの数字が示される。現在までの戦費2兆ドル。アメリカ兵の犠牲者3万6千人。アメリカの攻撃で犠牲になったイラク市民は100万人。大量破壊兵器は、ゼロ。儲かったのは、アメリカの経済を支える一部の軍需産業だけだろう。
監督を務め、主役のウォルコットを力演したのは、俳優でもあるロブ・ライナー。「スタンド・バイ・ミー」「ミザリー」「最高の人生の見つけ方」などを監督し、「めぐり逢えたら」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」などに出演している。
脚本は、ジョーイ・ハートストーン。たしか、「LBJケネディの意志を継いだ男」の脚本も、ジョーイ・ハートストーンだったと思う。記者たちを陰で支える女性を配するなど、サービス精神たっぷりの脚本だ。
ストロベルの恋人役がジェシカ・ビール、ランデーの妻役がミラ・ジョヴォヴィッチと、豪華だ。ウォルコットに請われて、真実に迫る取材をし、優れた記事を書くギャロウェイに扮したトミー・リー・ジョーンズが、渋くて、格好いい。
ランデー役のウディ・ハレルソンは、アフガニスタンに派遣され、ビンラディンの動向を掴み、また、地道に電話取材を続ける記者役を熱演する。「大統領の陰謀」で、粘り強く電話取材を続けるダスティン・ホフマンの姿がだぶって見えてくる。迎合する大手メディアに対抗するには、あの手この手で地道に取材し、裏を取ろうと努めるしかない。
それにしても、だ。爆笑問題とかいうお笑い芸人のひとりに、「大量破壊兵器があるという可能性だけで戦争してもいいのか」と突っ込まれて、「そりゃそうですよ」と答えた総理大臣の映像を、どなたかのツイッターで見たが、唖然とした。
フランスの諺に、「ニシン樽はいつでもニシン臭い」とある。内面の幼稚さは、いくら隠しても外に出てしまう。日本で、本来のジャーナリズムが機能していたなら、また、自民党や野党にまともな政治家がいたなら、いまの内閣の3つや4つくらいは倒れていたと思う。それだけ、束縛なく、自由に報道しない今のジャーナリズムが情けない。報道の自由度ランキングをみると、2010年、日本は11位だったが、2018年には67位だ。むべなるかな。
新聞記者諸君。映画「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」を見て、取材の何たるかを学び、その錆びたペンを、しっかりと磨いてはいかがだろうか?
☆ 2019年3月29日(金)~ TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー