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今週末見るべき映画「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」

 ――「絵は壁を飾るために描くのではない。絵は盾にも矛にもなる、戦うための手段だ」。そんなパブロ・ピカソの言葉を証明したような傑作ドキュメンタリーだ。ナチス・ドイツがヨーロッパ各地で略奪した芸術品は、ざっと60万点。現在なお、10万点が行方不明という。ヒトラーの支配下に置かれた芸術品は、いったいどうなったのか。興味は尽きない。

(2019年4月16日「二井サイト」公開)

 1933年から1945年。ナチス・ドイツは、ヒトラーの命令で、ヨーロッパのあちこちの美術品を略奪する。「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」(クロックワークス配給)には、略奪された美術品のゆくえを追って、多くの歴史学者、美術研究者、奪われた美術品の相続人、奪還運動の関係者など、多くの人物が登場する。

ドキュメンタリーなのに、事実は小説より奇なりで、ドラマティックそのもの。

 落ち着いた、低いトーンの声で、映画をガイドするのはトニ・セルヴィッロ。「ゴモラ」や「グレート・ビューティー/追憶のローマ」でおなじみの名優だ。

 1937年から44年までの毎年、ヒトラーは「大ドイツ芸術展」を開く。農村の風景や人物像が多く、写実的に描かれ、彫られている。

 一方、ヒトラーは「大ドイツ芸術展」と並行して、「退廃芸術展」を開催する。ここには、主にユダヤ人の富裕層から、安く買い叩いたピカソやゴッホ、シャガール、カンディンスキー、クレーといった画家の作品を、「退廃芸術」として展示した。さらに、ドイツが侵攻、占領したオーストリア、ベルギー、オランダ、フランスなどの絵画が、展示に加わる。こちらのほうが、圧倒的に変化に富み、おもしろい。

 かつて、画家を志したヒトラーである。絵画の意味、価値を分からないはずはない。いずれ、ルーブルに負けないくらいの美術館を、生まれ故郷のリンツに建設する野望を秘めているはずだ。

 およそ、美術品に限らず、芸術一般は、人をよりよい方向に導くものだが、人の思想を恣意的に誘導できることも可能である。判断は、作品に接する人に委ねられる。映画は、ヒトラーが、どのような方法で、国家統一を図ろうとしたかを、アーカイブ映像を交えて、軽快なテンポで描いていく。

 略奪した美術品をめぐって、ヒトラーとヘルマン・ゲーリングとの確執も描かれる。

 ナチスのナンバー2として、国家元帥まで上り詰めたゲーリングは、スターリングラード攻防戦に敗退し、美術品の収集に力を注ぐ。その際、ヒトラーを欺いてまで、ルーベンスやクラナッハなどの名画を独占しようとする。

 また、フェルメール作品をめぐっての両者のやりとりは、同じおもちゃを欲しがる子どものようだ。「ゲーリングの貪欲さは、ヒトラーをも上回る」と指摘する歴史学者もいる。

 クライマックスは、10万点もの、いまなお行方不明の美術品がどうなったかに迫るところだ。行方不明の美術品を追跡し、いろんな国の政府や美術館に返還交渉する欧州略奪美術品委員会の活動が描かれる。創設者のひとりの女性の言うことがいい。

「社会に略奪があってはならない。殺人を伴う略奪は許されない」

 思い起こす映画が2本、ある。ナチスが略奪した名画のひとつに、グスタフ・クリムトの描いた「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」があり、この返還をめぐっての裁判を描いたのが、サイモン・カーティス監督、ヘレン・ミレン主演の「黄金のアデーレ 名画の帰還」だ。

 もう一本は、本作でも少し出てくるモニュメンツ・メンの存在だ。「ミケランジェロ・プロジェクト」は、ジョージ・クルーニーが監督、主演し、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、ケイト・ブランシェット、ジャン・デュシャルダンらが出演し、モニュメンツ・メンと呼ばれた美術の専門家でもある連合軍の兵士たちが、ナチスが略奪し、隠匿した美術品を取り戻すという、まことに痛快な映画だった。

 美術品に限らず、音楽、文学、映画などの優れた芸術は、人をよりよい方向に導くものだが、同時に、権力のプロパガンダの道具にもなる。受け手は、この「諸刃の剣」さ加減を、しっかりと見極めることだろう。

 冒頭に掲げたピカソの言葉が、映画のラストを締めくくる。

「絵は盾にも矛にもなる、戦うための手段だ」

☆ 2019年4月19日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館

ほか 全国ロードショー

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