今週末見るべき映画「パパは奮闘中!」
――突然、ママがいなくなる。幼い兄妹を抱えたパパが、家事に育児に奮闘する。似た状況設定の映画は多いが、これはひと味もふた味も違う。家族、ひいては社会のありように向かって、戦い、奮闘する人たちを描いて、深い余韻を残す。
(2019年4月25日「二井サイト」公開)
なんとも、ありきたりのタイトルだが、ベルギー、フランスの合作になる「パパは奮闘中!」(セテラ・インターナショナル配給)の原題は、「Nos Batailles」。「わたしたちの戦い」といったほどの意味だろうか。確かに、登場人物たちは、おとなも子どもも、常に何かと戦かわざるをえない現実と向き合っている。
ママは家族を捨てて蒸発する。パパには職場のさまざまな現実がある。職場の仲間は、リストラに直面している。子どもは、ママの不在に戸惑いながらも必死である。パパの妹は、舞台女優を目指しているが、収入はゼロ。
おとな同士の多くの会話が、一見、リアルに交わされるが、それぞれが、本音の寸前で踏みとどまっているようで、人間の曖昧さ、摩訶不思議さが、浮き彫りになる。また、ことさら、因果関係を詳しく説明しないから、逆に、よりリアルに思えてくる。つまり、映像のフレームの外にもまた、ドラマが存在することなのだろう。演出のなせる技と思う。
まだ、長編劇映画が2作目になるベルギーの監督、ギョーム・セネズと、「さすらいの女神たち」の脚本を書いたラファエル・デプレシャンの共同脚本になる。セネズ監督の実体験が絡み、また、アドリブを多く採用するなど、巧いなあと思うセリフが連続する。
筋書きはいたってシンプル。ネット販売会社の倉庫に勤めるオリヴィエ(ロマン・デュリス)は、幼い子どもふたりと妻のローラ(ルーシー・ドゥベイ)と暮らしている。職場では、気難しいところもあるが、組合活動に励み、部下思いでもある。
仕事ひとすじのオリヴィエだから、家事、育児は、すべて妻のローラ任せ。ある日、ローラが蒸発する。原因は不明。オリヴィエは、ローラが勤め先で倒れた次の日、無断欠勤したことを知る。
母親や妹のベティ(レティシア・ドッシュ)の厄介になりながら、オリヴィエは、初めて、子どもたちの面倒をみることになる。
近くに住む母親が「喧嘩したの?」と尋ねても、オリヴィエには、心あたりがない。オリヴィエは、警察に勤める友人ポール(セドリック・ヴィエイラ)に相談するが、よくあることと、携帯電話の探知までは引き受けてくれない。
オリヴィエは、子どもたちに服を着せ、学校に送り、食事の用意をしなければならない。ベビーシッターを雇う余裕はない。
ある日、ローラからハガキが届く。「いつ帰るか分からないが、二人を、いつも愛している」とある。
ベティが、しばらく子どもの面倒をみてくれることになる。オリヴィエは、ハガキの消印のある町ヴィッサンを訪れる。ここは、ローラの生まれ故郷でもある。いくつかの病院をあたったオリヴィエだが、ローラの消息は掴めない。
そんな折、オリヴィエの携帯に電話が入る。学校に行ったはずの子どもたちが、どこかに行ってしまった、と……。
一見、家庭を妻任せにしていた男の苦労話かと思いきや、そうでもない。適当に職場の部下と浮気をする才覚もある。妻の蒸発を機に、確かに奮闘するが、それは当然のことだろう。妹のベティと交わされる会話で、ふたりがどのような人生を生きてきたかの輪郭が見え、ドラマは、さらに奥行きと深みが増してくる。
やがて、オリヴィエは、子どもたちの成長ぶりから、父親としての自覚、責任に目覚め、その役割を引き受けていくことになる。
ではなぜ、妻のローラは蒸発したのか。長男の胸の傷あとが、その主な理由とも思えない。答えは、観客が推測するしかない。
生きていく上での、ためらいや葛藤は、誰でも経験することだ。理屈で割り切れないことも多々。所詮、人間存在そのものが、曖昧模糊としているのだ。いったい、この家族は、どうなるのだろうか。鮮やかな幕切れが、とりあえずの答えのようではあるけれど。
映画のなかほど、オリヴィエが、妹のベティと寄り添って、ダンスを踊ろうとするシーンがある。オリヴィエが「いい曲だ」と言うと、ベティが音量をあげる。ミシェル・ベルジェの「白い天国」だ。多くを象徴する、すてきな歌詞である。ベルジェの妻だったフランス・ギャルや、ヴェロニク・サンソンらもカバーしている名曲だ。
「白い天国」は、文明に毒されていない南極大陸を指しているようだ。
「打ち寄せる波 立ち上る煙 溶け合う波と煙 暗闇の中の白は絶望 電話が鳴る 取る人はいない 静けさが欲しい 世界の始まりの静けさは またやってくる……」
パパ、オリヴィエを演じたのは、ロマン・デュリスである。多くの映画に出ていて、シリアスな役からコメディまで、どんな役柄も器用にこなす。女優陣に馴染みはないが、いずれも芸達者揃い。オリヴィエの浮気相手クレール役のロール・カラミーが印象に残る。組合活動から抜けようとする心情が、痛いほど伝わってくる。クレールもまた、社会と戦っているひとりなのだ。
「白い天国」の中には、さらに「ペンギンが飛び跳ね、その命を見せつけている」という歌詞がある。
戦うことの多い現実は、誰にもある。命あるかぎり、ペンギンに負けないよう、飛び跳ねていたい。
☆ 2019年4月27日(土)~ 新宿武蔵野館ほか 全国順次公開