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今週末見るべき映画「ドント・ウォーリー」

 ――弱者への優しいまなざしで映画を撮り続けているガス・ヴァン・サント監督。その新作もまた、弱者に注ぐ優しさに満ちている。アルコール依存症と闘い、車椅子生活を送り、後に風刺漫画家として名をなすジョン・キャラハンの半生を、実話に基づいて描いていく。

(2019年5月2日「二井サイト」公開)

日本語にすると、心配するな、何とかなるさといったほどの意味だろう。

 映画「ドント・ウォーリー」(東京テアトル配給)は、とりあえずは、悲惨な設定の映画と思ってしまう。なにしろ、酒浸りのジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)という若者が、はしご酒の後、同乗した車が交通事故にあう。キャラハンは胸から下が麻痺、車椅子生活となる。果たして、何とかなるのか。

毒のある風刺漫画家で成功したジョン・キャラハンが、自らの人生を振り返り、講演している。そして、いかにアルコール依存症を克服したかの過去を振り返っていく。

 カリフォルニアのロングビーチ。仕事を求めて、オレゴン州のポートランドからやってきたジョン・キャラハンは、年じゅう二日酔い。たまたま、二日酔いでない日の夜、パーティのはしごで、したたかに呑む。キャラハンは、饒舌な酒呑みのデクスター(ジャック・ブラック)と知り合う。

 泥酔状態のキャラハンは、やはり泥酔したデクスターの車に同乗する。猛スピードの車は電柱に激突し、ひっくり返ってしまう。キャラハンは、一命をとりとめたものの、胸から下が麻痺、一生、車椅子生活となる。運転していたデクスターは、かすり傷程度で、姿をくらましてしまう。

 もともと、ユーモアたっぷりだったキャラハンは、絶望のどん底に落ちる。リハビリに励むしかない。カリフォルニア州のダウニーにあるリハビリセンターで、キャラハンの奮闘が始まる。絶望状態のキャラハンに、セラピストの女性アヌー(ルーニー・マーラ)が寄り添う。体力を取り戻したキャラハンは、電動の車椅子で、あちこちを動き回れるまでになる。

 リハビリセンターを退院したキャラハンは、故郷のオレゴン州に戻り、ポートランドに住む。日常の面倒は介護士がみてくれるが、不自由さは募るばかり。介護士に当たり散らしてばかりのキャラハンは、いったん止めた酒を、再び口にする。

 車椅子のキャラハンは、いまや床の酒瓶すら拾えない。ふと今までの自分を顧み、泣く。そして、幼い頃に去っていった母親の幻影をみる。キャラハンは決意する。もう、酒は止めよう、と。

 キャラハンは、かつてアルコール依存症だったドニー(ジョナ・ヒル)の主催する禁酒会に通い出す。皮肉なユーモアを交え、思慮深く話すドニーは、すぐ激高するキャラハンをなだめ、断酒のいくつかのステップを教えていく。

 母親を探そうとして、ふと母親の似顔絵を描いたキャラハンは、ぎこちない手を動かし、皮肉たっぷりの風刺漫画を描き始める。キャラハンの漫画は、ポートランドの大学新聞に採用されるまでになる。

 スカンジナビア航空の客室乗務員となったアヌーと再会したキャラハンは、不自由な体で、アヌーとベッドを共にする。やがて、キャラハンは、老子や禅の教えを説くドニーの提案で、あることを実行に移していく。

 アルコール依存症との凄絶な闘い。車椅子から抜け出せない生活。悲惨な状況ではあるが、映画は、悲惨な状況を描いていくだけではない。心の葛藤を抱えたキャラハンをとりまく人たちが、少しずつ、キャラハンを癒していく。あることを実行に移すキャラハンの一挙一動、会話に、おもわず体が震え、こみあげてくる。これが、口先だけではない、人が人に寄り添うことだと分かる。

 「マイ・プライベート・アイダホ」「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」「ミルク」などを撮ったガス・ヴァン・サント監督作品である。「ドント・ウォーリー」でも、その、世界をみるまなざしは、限りなく優しい。

 ポートランドの町を電動車椅子で疾走するキャラハンに魅せられたのは、2014年に亡くなったロビン・ウィリアムズである。キャラハンの自伝の映画化権を得たロビン・ウィリアムズから、映画化の相談を受けていたのが、ガス・ヴァン・サントだ。ロビン・ウィリアムズ亡き後も、ガス・ヴァン・サントは、何度もキャラハンにインタビューしていたという。

 キャラハンを演じたホアキン・フェニックスが圧倒的にいい。なぜか、ふと見せる表情が、ロビン・ウィリアムズを彷彿させる。もし、ロビン・ウィリアムズが演じていればと思わなくもないが、詮方ないこと。

 また、ジャック・ブラック、ジョナ・ヒルと、すぐれたコメディアンたちは、ここでも達者。どのような役柄もこなすのが、真のコメディアンだろう。

深いユーモアを忍ばせた監督自身の脚本が、とにかく秀逸。さかのぼる過去が次第に現在に近づく構成が見事。映画は、ジョン・キャラハンの人生を描きつつ、人間が生きる上で、とても重要なことを示唆する。

 今年もすでに5月。まだ3分の1を過ぎただけなのに、「ドント・ウォーリー」は、ベストワン級の傑作と思う。

☆ 2019年5月3日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

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