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今週末見るべき映画「兄消える」

――鈴木鉄男は76歳の独身男。100歳で亡くなった父親の葬儀を終えたところに、40年前に家を飛び出した4歳上の兄、金之助が、訳ありふうの若い女性、樹里を連れて、鉄男の家に転がり込む。そして……。

(2019年5月21日「二井サイト」公開)

練れた脚本、優れた俳優たちの演技、細部に行き届いた演出、控えめながら効果的な音楽、人物をくっきり、景色を美しく切り取ったカメラなど、ひさしぶりによく出来た日本の映画に出会った。

「兄消える」(エレファントハウス、ミューズ・プランニング配給)だ。コミックやヒット小説を基にした、騒々しい日本映画が多いなか、オリジナル・シナリオによる「兄消える」は、過去の優れた日本映画をいま具現して、見ごたえがある。

 76歳設定の鈴木鉄男役は、1942年生まれの高橋長英。鉄男の兄で、80歳設定の金之助役の柳澤愼一は、1932年生まれである。この老名優ふたりが扮する兄弟の、40年ぶりの再会からドラマが加速していく。

 長野県上田市。小さな町工場を営む鉄男は、100歳で亡くなった父親の葬儀をすませたところである。鉄男は、父親の介護で、ずっと独身を通していた。葬儀には、鉄男の幼なじみの商店会長の加賀(金内喜久夫)や、小さな工場主の渡辺(坂口芳貞)、弁当屋の坪内(原康義)らが参列してくれる。

 高齢化の波は地方都市に顕著で、ここでも、商店や工場の後継者不足が深刻な問題だが、鉄男とその仲間たちは、元気そのもの。鉄男たちは、やはり幼なじみのママ(新橋耐子)の経営するスナックで呑んでいる。みんなは鉄男に、「そろそろ嫁でも」と言うが、なにをいまさらと鉄男は思う。

 葬儀の数日後、鉄男のもとに、40年前に家を飛び出した金之助が、ひょっこり現れる。ひょうきんな話しぶりの金之助は、自分よりはるかに若い、なにか訳ありそうな女性、吉田樹里(土屋貴子)といっしょである。人のいい鉄男は、兄と樹里の居候を許し、3人のちょいと風変わりな共同生活が始まる。

 金之助は、スナックのママから、「40年もなにをしていたの」と聞かれても、「人殺し……」などと、とぼける。いまだ銀行からの借金を抱えた鉄男からすれば、気楽な兄だ。「深刻に考えるな。いざというときは、消えればいい」と金之助。そんな日々のなか、金之助と樹里は、鉄男のために、インターネットでの見合いサイトに登録しようと動き始める。

ざっとの状況描写から、やがて、金之助の上田に不在だった40年間や、樹里の抱えている秘密など、ことの真相が明らかになり始める。

 タイトルは「兄消える」だが、消えた兄が戻ってきた設定だから、「兄帰る」なのに、なぜ「兄消える」なのか。それは、ラストで、鮮やかに示され、腑に落ちる。

​(写真上:JR上田駅前の巨大看板シート、2019年4月末)

ユーモラスなセリフに、ちょっとしたミステリータッチ。この優れた脚本を書いたのは、もう何度も芥川賞の候補になっている作家で、俳優でもある戌井昭人だ。文学座の創立者のひとりで、森本薫の「女の一生」など、多くの傑作舞台を演出した戌井市郎の孫にあたる。やはり、血は争えない。

 監督は、文学座の演出家で、これが劇映画初の演出になる西川信廣。以前、西川演出で、「音楽劇わが町」や「十二人の怒れる男たち」「セールスマンの死」などを見たが、その演出は、俳優たちへの敬意にみちた謙虚さがうかがえて、いずれも好きな舞台だった。

 企画製作の新田博邦は、30年ほど前に公開されたリンゼイ・アンダーソン監督の映画「八月の鯨」に触発されて、かなり前から、老主人公が登場する映画を構想していたという。撮影当時、93歳のリリアン・ギッシュと、79歳のベティ・ディヴィスが老姉妹を演じる。交わされる会話、セリフが、人生の何たるかを語って、示唆に富む。

「人生の半分は厄介、あとの半分は、それを乗り越えるためにある」「赤いバラは情熱、白いバラは真実で、このふたつで人は生きている」「人生で得た教訓は”期待するな”ということ」

 柳澤愼一は、柳沢慎一という表記で、学生のころからジャズを唄い、映画や演劇、テレビで大活躍していた名優だ。50年ほど前、フランク永井のヒット曲「西銀座駅前」を、今村昌平監督が映画化したときには、主役で出ていた。二枚目というより、ちょっとおどけた二枚目半といった役どころを、軽妙に演じていた。

 高橋長英もまた、俳優座で演技を学び、幅広い役柄を巧みに演じ、数多くの映画、テレビ、舞台に出ている名優だ。

 土屋貴子は、オウム真理教の元信者だった菊地直子の逃亡を描いた映画「潜伏 SENPUKU」で主演した女優で、「兄消える」の舞台となった上田市の出身だ。上田の古そうな町並み、千曲川の流れる両岸や、しなの鉄道が走るシーンが出てくる。土屋貴子にとっては、見慣れた風景の生まれ故郷である。いきいきと演じるのも当然か。

 そのほか、特別出演として、江守徹、雪村いづみが花を添える。江守徹や金内喜久夫、坂口芳貞、新橋耐子は、もうずいぶん前、文学座や民藝、俳優座の舞台を見続けていたころから活躍していた演劇人だ。こういった舞台俳優が脇を固めるからこそ、安心して見ることができる。

 映画「兄消える」は、時代の移り変わり、曲がり角を、コメディ・タッチで味付けし、人間の生きてあることの喜怒哀楽を、巧みに活写している。いつまでも、コミックやヒットした小説に頼らずに、独自に企画した優れた日本映画が、さらにたくさん作られることを願う。

☆ 2019年5月25日(土)~ ユーロスペースほか 全国順次公開

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