今週末見るべき映画「7月の物語」
――短編2篇、それぞれ、ある夏の日、男たちは女を口説き、女たちは口説かれることがさも当然のように振る舞う。口説く男や、嫉妬する男や女など、若い男女のちょっとした触れあい、諍いを、水彩画のように淡く描くが、複雑な心理の襞が深く、濃密に迫ってくる。これまた、フランス映画の伝統か。
(2019年6月4日「二井サイト」公開)
第1部「日曜日の友だち」(33分)と「ハンネと革命記念日」(38分)の短編2本からなる「7月の物語」(エタンチェ配給)は、この2本の短編が、あざやかに結びつき、ひとつのドラマとして提示される。
若い男女の心理の機微が、さりげなくスケッチされるが、残る余韻が、爽やかで、清々しい。
第1部は、2016年7月10日のパリ。
若い女性リュシー(リュシー・グランスタン)が、商品のサイズをめぐって客ともめたらしく、怒っている。同僚のミレナ(ミレナ・クセルゴ)がリュシーを慰め、ふたりは、パリ郊外のセルジー=ポントワーズにあるレジャーセンターに出かける。レジャーセンターは、広大な敷地に、水浴のできる大きな人工砂浜があり、サーフィンや水上スキーなどが楽しめる。
ミレナは、監視員のジャン(ジャン・ジュデ)にナンパされ、リュシーは、フェンシングの練習をしているテオ(テオ・シュドヴィル)と知り合う。
リュシーは、ジャンと中学時代の同級生だと分かるが、迫るジャンを軽くあしらう。おもしろくないのは、ジャンの恋人で、おなじ監視員をしているケンザ(ケンザ・ラグナウイ)だ。夏の日は長い。午後8時でも明るい。やがて、5人の男女は……。
第2部は、2016年7月14日で、パリ郊外にある国際大学都市が舞台。
ノルウェーから来た女子留学生のハンネ(ハンネ・マティセン・ハガ)は、明日の帰国を控えている。朝、ハンネが目覚めると、ハンネに気のあるイタリアの男子留学生アンドレア(アンドレア・ロマノ)が、おなじ部屋で寝ている。なじるハンネの剣幕で、アンドレアは追い出される。
パリで最後の日である。町は革命記念日でにぎわっている。ハンネの後をつけている若者ロマン(ロマン・ジャン=エリ)が、「花火を見ようよ」と声をかける。ロマンがバイクにのって、ハンネを迎えにいく。これを目撃し、嫉妬したアンドレアが、ロマンに殴りかかる騒ぎになる。
騒ぎに巻き込まれたのは、量子物理学を学んでいる女子学生のサロメ(サロメ・ディエニ・ムリアン)に、消防のセキュリティ担当の若者シパン(シパン・ムラディアン)だ。
憤慨したアンドレアが引き上げた後、ハンネ、ロマン、サロメ、シパンの4人は、ワインを呑みながらのパーティを開く。ダンスの心得のあるシパンが踊る。ハンネとシパンが、仲良く踊るのを見て、サロメは嫉妬する。
ラジオが、ニースでのテロ事件を伝える。「死者は74名、重傷者は42名。死者はまだ増えるようだ」と。
第1部、第2部とも、5人の若い男女のスケッチだ。午後8時でも、まだ明るい夏の日である。恋愛模様ではあるが、その関係は淡い。出会い、口説き、口説かれ、別れていく。他愛がないといえば他愛がないが、微妙に揺れ動く感情のひとつひとつが、短いセリフと、若い俳優たちの表情の変化で、映像に刻まれていく。
一見、エリック・ロメール作品や、韓国のホン・サンス作品のタッチを思い起こすような雰囲気で、いいなあ、と思う。生粋のフランス人ではない若者たちへ向けた作家のまなざしが、とても優しく見える。
脚本、監督は、ギョーム・ブラック。少し前に、長編第1作になる「やさしい人」を撮っているが、日本ではまだまだ無名の作家だろう。演じるのは、フランス国立高等演劇学校の学生たち。
「7月の物語」の第2部「ハンネと革命記念日」では、ニースのテロ事件に触れたり、ラストでは、リチャード・ハーレイが、「君の心は凍っている……」と唄うシーンを添える。ギョーム・ブラックの視点は、優しさばかりではない気骨をも感じさせ、「いい映画を見たなあ」と実感する。
38分の短編ドキュメンタリー映画「勇者たちの休息」が併映になる。レマン湖からアルプス山脈を越え、ニースに至る720キロメートルの自転車観光ルートを、リタイアした自転車愛好家たちが走る。ギョーム・ブラックは、その本音を聞き出す。過酷なコースを、なぜ走るのか。その思いとは。
途中で、ベルギーのエディ・メルクスとフランスのベルナール・テブネが競ったツール・ド・フランスの実写映像が添えられ、迫力満点だ。
☆ 2019年6月8日(土)~ ユーロスペースにて公開