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今週末見るべき映画「隣の影」

 ――いろんな映画を、一般の人に知らせるチラシやポスターに書かれる宣伝文句がある。ここでは、「笑顔で挨拶、心に殺意。消えた猫に、吠えない犬――」とある。巧い。その通りなのだ。一本の大きな木の影が原因で、とんでもなくブラックな喜劇と悲劇が起こる。笑顔と殺意、まさに喜劇と悲劇は表裏一体。当事者たちは、猫は、そして犬は、いったい、どうなるのか。

(2019年7月22日「二井サイト」公開)

 深夜、パソコンでいかがわしいシーンを見て、自らを慰めている男がいる。どうやら、本 人と若い女性とのセックス・シーンのようだ。

 アイスランド映画「隣の影」(ブロードウェイ配給)は、冒頭からサービス満点。

 アイスランドの、とある小さな町。アトリ(ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン)は、妻のアグネス(ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル)と暮らしている。夫アトリの、とんでもない自慰行為を目撃した妻アグネスは激怒し、アトリを追い出してしまう。

 やむを得ず、アトリは両親の住む瀟洒な戸建ての実家に転がりこむ。アトリの父親バルドウィン(シグルズール・シーグルヨンソン)と、母親インガ(エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル)は、とりあえずは、息子を迎え入れる。

 バルドウィンとインガの老夫婦は、一見、何の問題もなく、のんびり暮らしているようにみえるが、庭にある大きな木をめぐって、隣の家とのトラブルが生じ始めている。隣に住む中年夫婦のエイビョルグ(セルマ・ビヨルンズドッテル)とコンラウズ(ソウルステイン・バックマン)から、大きな木の影が、ポーチの日差しを遮り、日が当たらないとの苦情が届いているのだ。

 気弱なバルドウィンは、庭師に頼んで、木を切る算段をするが、インガは、「この木には、絶対、触らせない」と猛反対だ。エイビョルグは、わずかな時間だが、庭で日光浴をしたり、サイクリングを楽しんでいる。 

 ある日、度重なるクレームに、インガが爆発する。インガは、犬のフンをエイビョルグに投げつけてしまう。

 両家の諍いはエスカレートしていく。隣家の動向を監視するために、アトリは庭のテントに寝泊まりするようになる。

 やがて、さまざまなやりとりから、3組の夫婦の、いままで表沙汰にならなかった、それぞれの事情が少しずつ露わになり、話がこじれてくる。両家の諍いは、ペットの猫や犬まで巻き込んで、やがて、とんでもないことが起こる。3組の夫婦の行き着く先とは……。

人間は、エゴ丸出し、つくづく勝手なものだと思う。

 隣人とのトラブルを描いたアルゼンチン映画に、「ル・コルビュジエの家」があった。立派な家に建築デザイナーが住んでいる。引っ越してきた隣人が、ちょっと光を入れようとして、壁を壊し始める。デザイナーの苛立ちを無視するかのように、隣人は、妙になれなれしく、デザイナーに近づいてくる。もはや、ホラーですらある。「隣の影」もまた、一種のホラー映画の体裁だ。

 アイスランドの映画は、いったいに、人間観察に優れている。フリドリック・トール・フリドリクソン監督の「春にして君を想う」、ダーグル・カウリ監督の「好きにならずにいられない」、ベネディクト・エルリングソン監督の「馬々と人間たち」や「たちあがる女」、グリームル・ハゥコーナルソン監督の「ひつじ村の兄弟」などを見れば、いずれも登場人物の性格描写の巧みさに驚く。

 トラブルは、なにも隣人との間に起こるだけではなく、国家間にも起こりうる。ほんのささいなことが、最悪、戦争になりさえする。諍い、すれ違いは、表面的にはともかく、当然、親子、夫婦にも起こる。そもそも、人間の存在自体が摩訶不思議で、ささいなことからのすれ違いは、日常茶飯事なのだから。

アイスランド映画の作家たちは、エゴ丸出しで、摩訶不思議な人間を、鮮やかに切り取る才覚を持ち合わせている。これが、アイスランド映画の伝統なのだろう。

 資料によると、監督のハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソンは、「隣の影」がまだ長編3作目。アメリカで映画を学び、3作目を撮るにあたり、インスピレーションを受けた映画作家として、ミヒャエル・ハネケ、ヨアキム・トリアー、リューベン・オストルンド、デヴィッド・リンチらの名をあげる。なるほど、と頷ける。

 3組の夫婦を演じた俳優では、バルドウィン役のシグルズール・シーグルヨンソンは、「ひつじ村の兄弟」に出ていたが、あとは馴染みがないが、いずれもアイスランドでは、実績豊かな実力派ばかり。いささかヒステリックなインガ役を演じたエッダ・ビヨルグヴィンズドッテルが、強く印象に残る。

 ともあれ、日常のささいな人間の諍いを、古今東西の、普遍的な争いとして定着させた監督の力量を、まず称えるべきだろう。

 蛇足を一言。試写で配られる映画の資料は、ほとんど試写を見る前には読まない。見た後、資料を見ると、映画ライターのコラムが載っていて、読むと、ラストシーンまで、詳しく説明してある。コラムでのストーリーの説明は、ほどほどにとどめるべきだろう。

☆2019年7月27日(土)~ ユーロスペースほか全国順次公開

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