top of page
検索

今週末見るべき映画「ジョアン・ジルベルトを探して」

  • futafuta0723
  • 2019年8月29日
  • 読了時間: 4分

――この7月6日、「ボサノヴァの神様」といわれているジョアン・ジルベルトが亡くなった。享年88歳。晩年は、人前に出ることがなかったらしい。ブラジル音楽に魅せられたフランス生まれの映画監督ジョルジュ・ガショが、リオ・デ・ジャネイロに赴き、晩年のジョアンに会おうとしたドキュメンタリーが公開される。見るしかない。

(2019年8月23日「二井サイト」公開)

ジョアン・ジルベルトの音楽を初めて聴いたのは、1967年の春だった。ヴァーブの輸入盤で、「GETZ/GILBERTO」だ。1963年にニューヨークで録音されたレコードで、アントニオ・カルロス・ジョビンがピアノで加わり、テナーサックスをスタン・ゲッツが吹いている。ジョアンの元妻だったアストラッド・ジルベルトも、ヴォーカルで参加している。

 新鮮そのもの。当時、そもそもボサノヴァとは何か、などを調べていた。「新しい突起物、こぶ」といったほどの意味らしい。また、ブラジルのサンバとアメリカのジャズがくっついたもの、といった説明をどこかで読んだ記憶がある。

 とまれ音楽などは、聴いて、いいなあと思えば、それでいいのである。以来、「ゲッツ・ジルベルト」は、国内でのレコード、CDでの愛聴盤で、装置 デッキのすぐそばに、CDを置いている。

 ドキュメンタリー映画「ジョアン・ジルベルトを探して」(ミモザフィルムズ配給)の監督、ジョルジュ・ガショは、ドイツ人ジャーナリスト、マーク・フィッシャーの書いた本「オバララ ジョアン・ジルベルトを探して」を手にする。

 ブラジル音楽やボサノヴァに魅せられたマークが、ジョアンに会うためにリオ・デ・ジャネイロに出かけた顛末を描いた本で、ブラジルの音楽や文化、ことにボサノヴァへの深い想いがあふれた本のようだが、なぜか、この本が刊行される直前の2011年、マークは自らの命を断つ。マークは結局、ジョアンには会えなかった。

ジョルジュは、マークが取材した人たちを訪ね、さらに取材を試みる。まずは、マークのアシスタントで通訳だった女性ハケルに、ガイドを依頼する。マークがシャーロックなら、ハケルはワトソンといった役回りか。

 ジョアンの料理人だったガリンシャは、初老の男性。ジョアンからの電話注文で、特製のステーキなどを焼くが、ジョアンに会ったことがない、と言う。

 歌手のミウシャは、元ジョアンの妻だった。ジョアンの魅力を、「人たらし」と語るが、ミウシャからは、ジョアンの最新の情報は、得られない。ジョアンが公認したというものまね歌手、アンセルモ・ホシャもまた、取材で会ったマークのことを覚えていても、ジョアンの行方については知らないようだ。

マーク同様、ジョルジュは、ジョアンの親友だったミュージシャンのジョアン・ドナートに会う。ジョアン・ドナートは、もう15年も親友に会っていない、と言う。

 名曲「小舟」などを作曲したギタリストのホベルト・メネスカルに会う。かつて、ホベルトはマークに語ったことがある。「ジョアン・ジルベルトを理解できると思うな。君は見つからないものを探している」と。ジョルジュもまた、ジョアンという「見つからないもの」を、探しているかのようだ。

 ジョアンの知人だったジェラルド・ミランダを、かつてジョアンが住んでいたヂアマンチーナの町で取材する。ジェラルドは、かつてジョアンの入ったバスルームを案内してくれるが、いまは、ジョアンとのつきあいはない。

 ギタリストで、「サマー・サンバ」を作曲したマルコス・ヴァーリに会うが、ジョアンとの面識はなく、「電話口で、ジョアンの歌を聴いたよ」と言う。

 ジョアンの髪をカットしている男性の美容師と会うが、詳細は語らない約束だと言う。もはや、いまのジョアンを知る人はいないのだろうか。そこに、ジョアンの友人で、マネージャーのオタヴィオ・テルセイロに巡り会う。

 果たして、ジョルジュは、ジョアンに会うことが出来るのだろうか。

 ある特定の人物を探す行為を描いた映画は、いくつか、ある。ヴィヴィアン・マイヤー、リチャード三世、ボビー・フィッシャー、イングマル・ベルイマン、ジョー・サンダースなどなど。

 何かに惹かれ、その人物を探し、研究する。単に、その人物に魅せられたからだけではないだろう。ある人物を「探す」ことは、「探す」行為をする自分自身を「探す」ことでもある。たとえ、探そうとしている人物に会えなくても、探す自分を「発見」できれば、それでいいのではないか。

 ジョアンが唄ったボサノヴァで、「想いあふれて」という曲がある。ポルトガル語は読めないが、原題のなかに「サウダージ」という言葉が出てくる。「想い、憧れ、郷愁」といったほどの意味かと思うが、多くのジョアンの曲を聴いていると、どこか懐かしく、寂しく、切ない。だが、同時に、どこか、癒されるようでもある。また、ジョアンの音楽は、心の底から絞り出したかのような、実は、濃厚な音楽でもあると思っている。

 三度ほど来日したジョアンの東京でのコンサートには、行けなかったが、多くのレコード、CD、映像が残されている。ジョアンには、もう会えないが、「ジョアン・ジルベルトを探す」ことは永遠に、可能だ。

☆ 2019年8月24日(土)~ 新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか 全国順次ロードショー

最新記事

すべて表示
【悲しいご報告】

お世話になっております 二井康雄について ご報告させていただきます 大阪に生まれ 生活総合誌「暮しの手帖」に定年退職をするまで約41年間勤め 晩年は映画ジャーナリスト 書き文字ライターとして活動しておりました二井康雄が2023年7月2日 骨髄異形成症候群のため 東京都内の診...

 
 
 
「今週末見るべき映画」はFacebookに移行しました!

ご案内が遅くなりましたが、最新映画のレビュー「今週末見るべき映画」は、二井康雄のFacebookでご紹介しています。 最新記事から過去レビューまで、ご興味のある方は、どうぞそちらをご覧くださいませ。 ◆二井康雄のFacebook...

 
 
 
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2024 by EDUARD MILLER. Proudly created with Wix.com

  • w-facebook
  • Twitter Clean
  • w-youtube
bottom of page