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今週末見るべき映画「アダムズ・アップル」

――デンマークの田舎の教会の牧師イヴァンは、更正プログラムの一環で、仮釈放の受刑者の面倒をみている。そこに、ネオナチで粗暴なアダムがやってくる。すでに住み込んでいる連中とアダムは、人のいいイヴァンに、厄介な試練をおしつけるのだが……。

(2019年10月14日「二井サイト」公開)

教会の牧師イヴァン(マッツ・ミケルセン)は心根の優しい人物だ。更正プログラムとはいえ、悪行が身に染みている連中とも、気さくにつきあっている。

 そこに、仮釈放となったアダム(ウルリッヒ・トムセン)がバスで到着する。スキンヘッドで、筋金いりのネオナチのアダムは、イヴァンを無視するかのような振る舞いをするが、慣れているせいか、イヴァンはまったく気にしない。

「アダムズ・アップル」(アダムズ・アップルLLP配給)は、映画のタイトルや冒頭の数分間からして、ドラマの先行き、展開に、大きな波乱を感じさせる。

 教会で取り組む作業について、イヴァンはアダムに、どんなことをしたいのかを聞く。教会の庭にあったリンゴの木を見たアダムは、その場の思いつきで、「でかいアップルケーキを焼く」と適当に答える。

 アダムは、部屋のキリストの額をヒトラーに架け変える。聖書が床に落ち、「ヨブ記」のページが開く。以降、何度も同じシーンにヨブ記が出てくる。

 教会には、やはり更正プログラムでやってきて、すでに住みついているふたりの男がいる。中東系の移民のカリド(アリ・カジム)と、肥っているグナー(ニコラス・ブロ)だ。暴力や飲酒、盗難は日常茶飯事で、ふたりとも、カトリックでいうところの七つの大罪(高慢、物欲、嫉妬、怒り、色欲、貪食、怠惰)をすべて実行しているようで、更正する気など、さらさらなさそうだ。

 リンゴの木は、旧約聖書では智恵が授かる木の実だが、なぜか絵画では、リンゴが描かれる。アダムのアップルケーキを作る思いつきとなったリンゴの木は、とんだ受難に見舞われる。カラスに襲われ、まるで、アルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」のよう。さらに害虫がリンゴの木を食い荒らす。また、ケーキを焼くレンジが壊れたり、新しいレンジも、雷のせいで壊れてしまう。

 ある日、サラ(パプリカ・スティーン)という、身ごもった女性が教会にやってくる。なんと障害を持って生まれてくると言うではないか。

 さまざまな出来事がイヴァンにふりかかってくる。ヨブ記で描かれたヨブの受難そのままである。悪魔の提言で、神から信仰を試され、とてつもない試練を受けたヨブのように。

ナ・ホンジン監督の「哭声/コクソン」(2016年)、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「裁かれるは善人のみ」(2014年)、テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」(2011年)、コーエン兄弟監督の「シリアスマン」(2011年)など、ヨブ記が重要な役割を果たす優れた映画は多いが、この「アダムズ・アップル」は、こういった作品より前の2005年に作られている。脚本を書き、監督したのはアナス・トマス・イェンセンで、独学で映画を学んだそうだ。

 あるいは、アナス・トマス・イェンセンが、上記の名だたる監督たちに、「アダムズ・アップル」を通して、何らかの影響を与えたのかもしれない。

 ヨブ記では、神は、徹底的にヨブを突き放す。「ツリー・オブ・ライフ」の冒頭に、ヨブ記の38章4節の一部が引用される。

「わたしが大地を据えたとき お前はどこにいたのか。……そのとき、夜明けの星はこぞって喜び歌い 神の子らは皆、喜びの声をあげた」

 苦難に耐え、信仰を貫こうとするヨブにも、神は冷たい。

 アダム、カリド、グナー、サラたちは、悪魔のように、イヴァンに試練を与え続ける。そして、イヴァンにとんでもない事件が起こったかと思いきや、ヨブ記の結末のような奇跡が待っている。想像をはるかに超えた、あざやかなドンデン返し。

 イヴァンが車で聴く音楽は、昔、ビージーズの唄った「愛はきらめきの中に」で、イヴァンにとっての賛美歌だろうか。ここでは、おなじイギリスの、ゲイリー・バーロウがメインボーカルを担当するテイク・ザットの、1966年のカバーで流れる。

 イヴァン役のマッツ・ミケルセンが、圧倒的にいい。さまざまなコンプレックスを抱えながらの聖職者を、軽妙に演じる。世界じゅうで大ブレイクした、2006年の「007 カジノ・ロワイヤル」の悪役を演じる前年の作品が、この「アダムズ・アップル」だ。

 また、何を考えているのか、どういった動きをするのか、捉えどころのない不気味さが漂うアダム役のウルリッヒ・トムセンが、マッツ・ミケルセンと互角に渡り合う。舞台でのキャリアが豊富で、最近では「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」に出ていた。

映画をご覧になる前後に、ぜひヨブ記を読まれたい。神はわずか6日で、世界を作った。神は、人の行いを、まるで監視カメラでご覧になっているように、チェックされている。ことに施政者の行いを。やはり、人は、謙虚で、他者を思いやり、偏見なく生きるべきだろう。

☆ 2019年10月19日(土)~ 新宿シネマカリテにてロードショー

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