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今週末見るべき映画「テルアビブ・オン・ファイア」

――宗教、思想の異なる多くの民族が、複雑な関係で共存している。イスラエルとその周辺は、いったいどういうことになっているのか。シリアスな状況を背景に、この複雑さを笑い飛ばす痛快作だ。

                       (2019年11月19日「二井サイト」公開)

テルアビブを舞台にした連続テレビドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」が大ヒットしている。パレスチナ人の若い女性マナルが、フランスから来たユダヤ人のふりをして、イスラエル軍のイェフダ将軍に接近、イスラエル軍の動向や戦争計画を探る、いわば色仕掛けのスパイだ。ところが、マナルとイェフダ将軍は、本気で恋人関係になっていく。

 映画「テルアビブ・オン・ファイア」(アット エンタテインメント配給)は、テレビドラマの撮影風景から始まる。

 ヘブライ語が話せるパレスチナ人の青年サラーム(カイス・ナシェフ)は、叔父のバッサム(ナディム・サワラ)がプロデューサーをしているテレビドラマ、「テルアビブ・オン・ファイア」の現場で、雑務をしながら、ヘブライ語の言語指導をしている。ドラマは、パレスチナだけでなく、イスラエルでも大人気だ。 

 ラマッラーでの仕事を終えたサラームは、エルサレムに戻るために、毎度毎度、イスラエル軍の検問所を通る。その日、サラームは、「爆発的」という言葉の解釈をめぐって、主演女優のタラ(ルブナ・アバザル)の信頼を得る。検問所で、サラームは女性兵士に、「爆発的」という言い方について質問すると、不審人物と思われたのか、たちまち拘束され、司令官アッシ(ヤニブ・ビトン)の前に連行される。

なんとアッシの妻は、ドラマの大ファンで、サラームが、ドラマの脚本に関わっていることが分かると、アッシの態度が一変する。ドラマを半ユダヤ的だと思っているアッシは、結末を知りたがっている。当然、サラームは拒否するが、アッシは、結末について、いろんなプランを話し始める。

 さらにアッシは、勝手に脚本を書き続け、サラームに提案する。サラームは困惑するが、もともと、たいした才能があるわけではない。ふとアッシのアイデアを提案すると、なんと、シナリオに採用される。いまや、サラームは、隠れライターのアッシのおかげで、脚本家に出世する。

万事うまくいくかと思いきや、ドラマは終盤を迎え、たいへんなことになってくる。

 イスラエルを代表するアッシの考えと、「マルタの鷹」のような結末を考えているパレスチナの制作サイドの考えが正面衝突する。板挟みになった、成り上がり脚本家のサラームは、はたして、どういった「落とし前」をつけるのだろうか。

とにかく、笑える。登場人物たちの人種、宗教、習慣などの違いに詳しい人なら、大笑いだろう。イスラエルとパレスチナの確執は、根深い。1993年、イスラエルのラビン首相と、パレスチナ解放機構のアラファト議長との間で平和合意(オスロ合意)が結ばれたものの、イスラエルの度重なる軍事行動で、オスロ合意は破綻している。映画は、このオスロ合意さえギャグにする。

 監督のサメフ・ゾアビは、イスラエル生まれのパレスチナ人で、アメリカで、映画研究と英文学を学んでいる、監督は、映画で設定された主人公サラームと同じ境遇である。中東に住む人たちが、アラブ料理のフムスを愛するように、監督は、ことさらイスラエルとパレスチナのいがみ合いを助長するようなことをしない。うまいフムスを食べたいアッシと、食べさせる側のサラームとのやりとりが爆笑を誘い、いまのふたつの地域の実情を象徴して、巧い語り口と作劇術を披露する。

 「テルアビブ・オン・ファイア」は、昨年の第31回東京国際映画祭のコンペティション作品だった。コンペで見た作品をABCDの4段階で採点したところ、Aランク2本のひとつで、グランプリはこれ、と予想した。残念ながら受賞は逃したが、ちょうど一年を経ての一般公開となる。大歓迎である。

監督は、人はなにを信じようと、どう生きようと、自由なのだとのメッセージを映画に潜ませる。いま、イスラエルとパレスチナには、大きな長い壁が横たわっている。もともと、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と、その出自は同じである。書生論かもしれないが、争いや、いがみあいの歴史は、早く終止符を打つべきだろう。映画の宣伝チラシにこうある。

「紛争なし!爆撃なし!笑いあり!」

 イスラエルに住むパレスチナ人は、いまなお、国家もなければ、占領されたままである。

それぞれの調理の流儀があるけれど、みんな、フムスが大好きである。もっとも、サラームのように、嫌いな人もいるけれど。

ともあれ、映画は静かに告げる。他者の権利を尊重し、他者の自由を踏みにじらないこと、と。

☆ 2019年11月22日(金)~ 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷 ほか 全国順次公開 

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