今週末見るべき映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日」
――1962年、フィンランドのボクサー、オリ・マキは、WBA世界フェザー級のタイトルマッチで、チャンピオンのデビー・ムーアに挑戦することになる。ところが、試合を目前にしたある日、オリ・マキは、友人の結婚式で、知りあいだった女性と半日を過ごすうちに、彼女に恋をしてしまう。はてさて、オリ・マキの選んだ人生とは?
(2020年1月16日「二井サイト」公開)
フィンランド、ドイツ、スウェーデン合作の実話に基づく映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日」(ブロードウェイ配給)は、2016年の第29回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で上映され、このほど、やっと一般公開となる。2017年の「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル」でも上映されたが、長く、公開を待ち望んでいた一本だ。第69回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門では、グランプリを受けている。
フィンランドの田舎でパン屋をしているオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)は、フェザー級のなかなか強いボクサーでもある。1962年8月17日、フィンランドで初めて開催される世界タイトルマッチで、オリ・マキは世界チャンピオンのデビー・ムーア(ジョン・ボスコ・ジュニア)に挑戦することになる。
オリ・マキの体重は60kgを超えていて、フェザー級のリミットである57.153kg以下まで減量しなければならない。チャンピオンの戦績は、67戦して58勝、うちノックアウト勝ちが30もあるハード・パンチャーだ。ムーアは、1961年の11月、4度目の防衛戦で、日本の高山一夫を判定で退けている。オリ・マキとは、だから5度目の防衛戦になる。
減量しなければならないのに、あまり必死になれないオリ・マキは、友人の結婚式に、知り合いの女性ライヤ(オーナ・アイロラ)と参列することになる。半日、ライヤと過ごすうちに、オリ・マキは、天真爛漫なライヤに、すっかり恋してしまう。
試合の行われるヘルシンキに向かうオリ・マキは、ライヤを同伴して、マネージャー(エーロ・ミロノフ)の家に厄介になる。減量しようとするオリ・マキだが、試合前には、いろんなプロモーション活動がある。ビジネス優先のマネージャーがセットした、スポンサーとの食事会がある。女性モデルとの撮影もある。さらに記録映画のカメラまでが、オリ・マキを追いかける。
アメリカからチャンピオンのデビー・ムーアがやってくる。記者会見がある。あまり、戦う意欲のあるコメントをしないオリ・マキに、マネージャーが発破をかける。
オリ・マキの減量は、なかなかうまくいかない。そんな折、ライヤは田舎に戻ってしまう。オリ・マキは、トレーニングを中止して、ライヤの後を追う。ライヤにプロポーズするオリ・マキ。ライヤの答えは、そして減量の結果は……。
ボクシングを題材にした映画は、あまた、ある。傑作も多い。だが、本作はいわゆるボクシング映画ではない。タイトルマッチが決まっても、オリ・マキはマイ・ペースで、ライヤと同じ時間を過ごす。オリ・マキの表情は、幸せそのもの。
「喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である」(ゲーテ)。「一生の仕事を見いだした人には、ほかの幸福を探す必要はない」(カーライル)。「一番幸せなのは、幸福なんて特別必要でないと悟ることです」(サローヤン)。「幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい」(アラン)。先人たちの名言が、オリ・マキの心情を言い当てているようだ。
オリ・マキを演じるヤルコ・ラハティの表情が、とても、いい。オリ・マキに愛され、オリ・マキに寄り添うライヤを演じるオーナ・アイロラの仕草が、とても、いい。口うるさいマネージャーを演じるエーロ・ミロノフは、「ボーダー 二つの世界」で、重要な役どころを力演したが、ここでも渋い役を演じて、達者だ。
監督・脚本のユホ・クオスマネンは、オリ・マキ自身に取材、多くのエピソードを聞き出している。ほのぼの感たっぷりの脚本による雰囲気が、全編に満ちている。
富や名声を得るのも幸せかもしれないが、オリ・マキの選んだ人生からは、富や名声だけが幸せではないということが、しっかりと伝わってくる。映画の原題は「微笑む男」だ。オリ・マキの微笑みを、じっくりと、ご鑑賞されたい。
☆ 2020年1月17日(金)~ 新宿武蔵野館ほか全国順次公開