今週末見るべき映画「どこへ出しても恥かしい人」
――詩人、画家、競輪愛好家そして孤高のシンガーソングライター、友川カズキに、2010年の夏の数日間、密着し、このほどやっと完成、公開となる。時代の変遷と関係なく、自らの信念で生き抜く、多才な男のドキュメンタリーだ。
(2020年1月28日「二井サイト」公開)
車の中で、ギターを弾き、唄っている男がいる。友川カズキだ。年齢は還暦前後だろうか。
「あの人はいい人だった やれ、この人もいい人だった……」と唄う。
歌詞には「滝澤正光様が走っている」「逃げろ 逃げろ滝澤……」とある。競輪界の大スターだった滝澤正光に捧げたような「夢のラップもういっちょ」という歌で、もちろん、友川カズキの作詞作曲だ。
ドキュメンタリー映画「どこへ出しても恥かしい人」(シマフィルム株式会社配給)を見たのは、昨年の東京フィルメックスでの特別試写だった。1時間4分、友川カズキという人物に、完璧に魅せられてしまう。
どのような人物か。映画は字幕で簡潔に示す。「歌手、競輪愛好家、画家」と。さらに、「秋田県生まれ。秋田県立能代工業高校卒業。1975年、ファーストアルバム『やっと一枚目』でデビュー。代表曲に『生きてるって言ってみろ』『トドを殺すな』、ちあきなおみに提供した『夜へ急ぐ人』など」と。
さらに字幕は続く。「1985年、東京にて、画家として初の個展を開く。以後、全国各地で精力的に個展を開き、大島渚、中上健次ら多数の文化人から惜しみない賞賛を浴びることとなる」
絵を描く友川。かつては近代美術館だけでも100回、通ったと言う。最初の個展で、大島渚が、絵を一枚、買ってくれた。友川のマネージャーは、大関直樹。友川の好きなパチスロ仲間で、いつの間にか、マネージャーになっていたという。
友川は、松戸競輪場にいる。車券が当たらない。「勝ちたい、金に目がくらんでいる、だから金を払う」と友川。
7月22日。競輪場でインタビューに答える。「生まれたときからリストラ、生まれたときから途方にくれている」
クラブでは、弥彦競輪で20万円ほど儲けた話をする。「競輪で忙しい。パーティなどは嫌いで、出ない。出ても、誰かと喧嘩になる」
当時、友川は、「競輪三昧」というエッセイを新聞に連載していた。鉛筆を削って、原稿用紙に手書きする。若い頃から、中原中也の詩が好きだった。文章も達者で、著書も数冊、ある。
7月28日。近所の公園の噴水で水浴びをする友川。まことに無頼そのもの。ほとんど毎日、自炊する。自転車で移動する友川。ちあきなおみの「祭りの花を買いに行く」が流れる。
舞台の「ビリー・ホリディ物語」で、ちあきなおみのメイクを担当した万里伊さんたちと呑む。ちあきなおみに「自分以外の歌は聴くんですか」と聞くと、「友川カズキの歌だけです、と答えた」と万里伊さん。この頃、仲良しだった、たこ八郎の訃報が届く。
7月29日。動物園で羊、鹿を見る友川。長男の鋭門たちと呑む。長男に言う。「50歳になったら、人生とは何かをふつうに考えればいい。人生なんて、何にもないから」
7月30日。アメリカの民謡に、友川が歌詞をつけた「どこへ出しても恥かしい人」が流れる。身支度をして、ライブ会場に向かう。ギターなどは持ち歩かない。チューニングはマネージャー任せ。
田村隆一の詩「帰途」の一節「言葉など覚えるんじゃなかった」を引用した名曲「先行一車」を唄う。「ししゃも」を唄い、トークする。
「人間、下には下がいる。教育では、下を教えなきゃいけなかったのに、上昇ばかり習っているから。やれ大学だ、やれレールが敷かれているとか、誰か、見たことあるのか、バカたれが!」。ひとしきり怒った友川は、「生きてるって言ってみろ」を唄う。
いろんな歌手に影響を受けたと思うが、友川の歌は、どんなジャンルにも属さない。友川だけの音楽だ。映画を見ていて、友川の迫力、魅力に、ぐいぐい引っ張り込まれていく。まったく、そんたくのない、自由で気ままな人生だ。
影響を受けたり、親交のあった人物は、中原中也、ジャニス・ジョプリン、あがた森魚、羽仁五郎、寺山修司、岡林信康ら。かつて、大島渚監督から、「戦場のメリークリスマス」という映画のヨノイ大尉役のオファーを受けた。秋田弁を封印する要求があり、固辞した。また、フランスの映画監督ヴィンセント・ムーンの撮ったドキュメンタリー映画「花々の過失」では、2009年の友川カズキの活動ぶりを見ることができる。
歌手デビューの前には、新聞配達、旋盤工、クラブのボーイなど、多くの職業を経験している。社会の底辺をきちんと見続けていた。
友川は、今日も競輪場で、本命ではない大穴車券を買い続ける。夜の新宿に、友川の唄う「乱れドンパン節」「ワルツ」が流れる。「馬の耳に万車券」という曲には、大穴狙いの友川の願望が込められる。「他力本願のしがなさに アダ花はいたしかたなし アダ花はいたしかたなし」
監督は、この素材を10年もの間、熟成させた佐々木育野。最近の友川の姿を見て、「あ、進歩ってしなくてもいいんだ」と気付いたという。
監督はコメントする。「進むのはやめた。人生を遊ぼう。人生はかるい悲劇だ」と。監督から友川に寄せた、強烈なラブレターとも言える傑作ドキュメンタリーと思う。
☆ 2020年2月1日(土)~ 新宿K's cinema にて公開。以降、全国順次公開!!