今週末見るべき映画「お名前はアドルフ?」
――今週は、6月6日(土)公開の「お名前はアドルフ?」です。
(2020年6月5日「二井サイト」公開)
★「お名前はアドルフ?」
爆笑そして爆笑。2020年上半期に見た映画で、いちばんの爆笑劇だ。
「お名前はアドルフ?」(セテラ・インターナショナル配給)の舞台はドイツのボン。 エリザベト(カロリーネ・ペータース)は、インド料理を作って、客人を迎えようとしている。
夫のシュテファン(クリストフ=マリア・ヘルプスト)は、エリザベトの手伝いはまったくしない。シュテファンは、ボン大学でドイツの現代文学を教えていて、エリザベトは、小学校の国語の先生をしている。ふたりは、小さい頃からの知り合いで、どこから見ても、いわゆるインテリ夫婦だ。
今宵の客は、エリザベトの親友のレネ(ユストゥス・フォン・ドナホーニ)と、エリザベトの弟のトーマス(フロリアン・ダーヴィト・フイッツ)と、その恋人で舞台女優志望のアンナ(ヤニーナ・ウーゼ)だ。
アンナは、少し遅れてやってくることになっている。幼くして両親を亡くしたレネは、エリザベトの家に引き取られ、もはやエリザベトとは家族同様の付き合いだ。
レネは、ボン・ベートーヴェン交響楽団のクラリネット奏者で、なかなかの腕前である。トーマスのおみやげは高級ワインで、シュテファンが受け取る。
勉強が苦手だったトーマスは、いまや不動産業で成功して、羽振りがいい。トーマスは、近々、男の子が生まれることを告白する。「名前は決めたの?」とエリザベト。トーマスは「もちろん。当ててみて」と答える。
みんなは、いろんな男の名前を挙げるが、当たらない。知識人を自負するシュテファンは、必死で当てようとするが、当たらない。トーマスから、いくつかのヒントが提示されるが、それでも当たらない。しぶしぶ降参するシュテファンに、トーマスが答える。「アドルフ」と。あのヒトラーと同じ名前である。
ここから映画は一気に加速していく。それぞれの史観がぶつかり、大論争になっていく。エリザベトのインド料理が完成して、論戦はいったん中断するが、アンナがやってきたあたりから、アドルフ論争から脱線して、それぞれが抱える過去の秘密が、徐々に露わになっていく。まるで、濃密な舞台劇のよう。
なんと原作は、フランスのアレクサンドル・ドゥ・ラ・パトリエールとマチュー・デラポルトの書いた戯曲「名前」である。映画では、丁々発止のセリフのやりとりから、インテリの俗物さ加減や、人間関係の微妙なあやが、鮮やかに描かれる。
爆笑につぐ爆笑が、やがて様相を変えていく。フランスとドイツの作家たちの、深い人間観察。いいなあ、おもしろいなあとしみじみ。
引用の音楽には有名どころがずらり。ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」、グリーグの「ペールギュント組曲」から「朝」と「ソルベーグの歌」、モーツァルトの「レクイエム」から「涙の日」。さりげなく流れていて、趣味がいい。
監督は、ゼーンケ・ヴォルトマン。1995年の東京国際映画祭のコンペティション部門で上映された「アクセルの災難」や、「ベルンの奇蹟」を撮っているし、舞台演出も多々。1959年生まれというから、いまが絶好調だろう。
☆ 2020年6月6日(土)~ シネスイッチ銀座ほか全国順次公開