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今週末見るべき映画「癒しのこころみ 自分を好きになる方法」

 ――ここ3年ほど、「花戦さ」「ばぁちゃんロード」「影踏み」など、幅広い題材で、コンスタントに佳作、力作を撮り続けている篠原哲雄監督の新作である。篠原作品の魅力は、清潔な作風にあると思っている。これまた、超のつくほど、清潔な映画だ。

           (2020年7月2日「二井サイト」公開)

 心と体を癒すための、リラクゼーションセラピストという職業がある。客と話をしながら、施術をすることで、精神的にも肉体的にも客を癒していく。

 けがや病気を治癒させようとする医療行為のマッサージではない。また、患者に触れたりしない精神分析とも異なる。セラピストの目的はあくまでも、客の健康の維持、促進にある。

「癒しのこころみ 自分を好きになる方法」(イオンエンターテイメント配給)は、リラクゼーションセラピストを目指す若い女性、一ノ瀬里奈(松井愛莉)の、とりあえずは成長物語と言える。

 里奈は、広告代理店のイベント関連の仕事で、連日、多大の作業を押しつけられている。この日も、徹夜までしなければならない。里奈は、もう我慢の限界である。父親の太郎(渡辺裕之)からは、「せめて連絡くらいは」と、責められる。

 ブラック企業からの退職を決意した里奈は、ふと就活フェアのチラシをもらう。仕事はセラピストで、「お客様の笑顔と健康のために癒しを提供するプロフェッショナル」とある。

 さっそく、里奈は、説明会に向かう。ちょうど著名なセラピストの鈴木カレン(藤原紀香)のトークショーが開催されている。思わず、実演のモデルに挙手した里奈は、カレンの施術を受けることになる。「体が元気になれば、心も元気になる」とのカレンの言葉に、里奈はセラピストになる決意を固める。

 やがて、店長や先輩たちの協力を得て、里奈は客を迎えることになる。元プロ野球チームで、5番を打つほどの強打者だった碓氷隼人(八木将康)である。里奈は碓氷に言われる。「まったく気持ちが届いていない」と。碓氷は現役時代、デッドボールのトラウマを抱えていて、戦力外通告を受けてもなお、いまだ、野球への思いを断ちきれないでいる。

 里奈は、碓氷に接近する。少しでも、客のことを知りたいとの思いからである。里奈は、碓氷が手伝っているバッティング・センターを訪れ、「バッティングを教えて」と碓氷に頼み込む。

 やがて、里奈は、少しずつではあるが、碓氷の信頼を得ていき、カレンの主催する富士山麓での森林セラピーに碓氷を誘う。妻子ある碓氷に、淡い恋ごころを抱くようになる里奈だが、態度には表せない。

 よくある結構ではあるが、なぜか篠原監督の手になると、まことに清潔な雰囲気が漂う。里奈の職業が職業だけに、あざとい作り方も可能だろう。監督はあえて、清廉潔癖なドラマ作りに徹する。

 昨年、「影踏み」の公開直前に、篠原監督に次回作の話を聞いた。監督は言う。「僕の映画を見て、癒された、優しい気持ちになれたとよく言われることに違和感があった。映画は、作り手の意図があるもので、次回作では、徹底的に、映画を見て、癒されて欲しいと思うようになった」と。「監督の撮りたいように撮ればいいのでは」と、えらそうに応じた。

 やがて、人を癒す役割の里奈が、逆に周囲の人から癒されていくようになる。そして、癒されたことで、里奈はさらなる成長を遂げる。

 あまりテレビを見ないせいか、俳優については、知らない人が多い。ヒロインの里奈役の松井愛莉しかり、碓氷役の八木将康しかり。逆に、あらかじめ既成のイメージがない分、新鮮でリアルに見える。元プロ野球選手役の八木将康は、高校野球の選手だったキャリアがあり、野球のシーンはリアルで精彩に富む。

 同じ篠原監督の「君から目が離せない ~Eyes On You~」で主演した秋沢健太朗が、里奈の先輩セラピスト役で出ている。端正な表情が爽やか。カリスマ・セラピスト役の藤原紀香は、もはや貫禄。いいシーンでいい芝居を見せる。

カメラが変化に富み、絶妙。狭い部屋から、自然の風景まで、安定したカメラワークだ。矢口史靖監督の「ウォーターボーイズ」、長崎俊一監督の「八月のクリスマス」、オムニバスの「歌謡曲だよ、人生は」の第四話「ラブユー東京」、すずきじゅんいち監督の「クロスロード」などを撮ったベテランの攝影師、長田勇市が力量あるところを見せる。

 毎回ではないが、ここでも篠原監督は、アルフレッド・ヒッチコックよろしく、ワンシーンで登場する。どこでどんなふうに登場するかは、見てのお楽しみ。

 ともあれ、何度も書くが、清潔な映画。今後、篠原作品の方向がどこに向かうか、楽しみな一作だろう。

☆ 2020年7月3日(金)~ シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

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