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今週末見るべき映画「ぶあいそうな手紙」

――(承前)もう一本は、7月18日(土)の公開で、ブラジルに長く暮らすウルグァイ出身の頑固な老人と、ブラジルの若い娘とのちょっとした心の触れあいを描いた「ぶあいそうな手紙」(ムヴィオラ配給)。どちらも、個性的で、ひとくせもふたくせもある、まことにコクのある映画だ。

                       (2020年7月14日「二井サイト」公開)

★「ぶあいそうな手紙」

 完璧ともいえる脚本である。どのような人物なのかが、ドラマの進行にあわせて、少しずつ、明らかになっていく。多くの説明はないけれど、ちょっとしたセリフのやりとりが、雄弁に人物の背景を語る。

映画の舞台は、ブラジルのポルトアレグレ。

87歳になるエルネスト(ホルヘ・ボラーニ)は一人暮らしである。ウルグァイからブラジルに移り住んで、もう46年。読書や音楽が好きなのはいいが、性格は頑固で、やたら蘊蓄をかたむける。

 いまはもう、ほとんど視力がなくなり、本は読めない。薬をとりこぼしたりすると、探すのに一苦労だ。

 サンパウロに住む息子のラミロ(ジュリオ・アンドラーヂ)が、サンパウロで同居しようと説得に来るが、「お前が決めるな」と、エルネストは拒否する。

 ある日、エルネストに、差出人が女性名前の手紙が届く。仲良しの隣人ハビエル(ホルヘ・デリア)が「読んでやろうか」とからかうが、エルネストは断る。衰えた視力のせいで、手紙を読もうとしても読めない。

 エルネストは、玄関でふと鉢合わせしたブラジルの若い娘ビア(ガブリエラ・ポエステル)と知り合うことになる。同じアパートに住む女性の姪と称していて、まだ23歳だ。

 エルネストは、ビアがちょいと悪いことをするのを承知で、少しずつ仲良くなっていく。そして、届いた手紙を、スペイン語が堪能なビアに読んでもらい、その返事を書いてもらうことになる。

 エルネストに届いた手紙は、古くからの友人のオラシオが死んだことを告げるオラシオの妻ルシア(グロリア・デマシ)からだった。スペイン語が堪能でないハビエルや家政婦には、およその内容は分かっても、正確ではない。

 やがて、ビアの素性を理解しながらも、エルネストはビアを受け入れていく。悪い男につかまり、行くあてのないビアは、エルネストの好意を受け入れる。そして、エルネストは、ある手紙の代筆をビアに依頼する。誰に宛てた、どんな内容の手紙なのか。それは、エルネストの選んだ、たぶん最後の人生のきっかけになるはずの手紙だろう。「ぶあいそう」かどうかは別として。

 ヴィットリオ・デ・シーカ監督のイタリア映画「自転車泥棒」や、マリオ・ベネデッティの小説「休戦」や、詩の「なぜわたしたちは歌うのか」が、あるシーンで、重要な役割を果たす。それぞれ、エルネストと、ハビエル、ルシア、オラシオとの過去や、エルネストとビアの現在を巧みに示して、見事なシーンが連続する。

 音楽もまたしかり。エルネストはビアに、カンドンベについて話す。エルネストとルシアの過去を暗示するかのように、ブラジルの大歌手、カエターノ・ヴェローゾがスペイン語で唄った傑作アルバム「粋な男」に収められている「ドレス一枚と愛ひとつ」が流れる。「僕は君と出会ってしまった……」と。これは、エンドロールでも、バリオスの「ワルツ第3番作品8」とともに使われて、ドラマの余韻を深くする。バッハの無伴奏チェロ組曲第2番も、効果的だ。

マテ茶のように、深いコクのある映画。共同で脚本を書き、監督したのは、映画の舞台とおなじポルトアレグレ出身のアナ・ルイーザ・アゼヴェード。ブラジルでのキャリアは豊富だが、この女性監督の作品を見たのは初めてだ。もっと見てみたいと思わせる熟達の演出ぶり。

 監督の演出に、俳優が見事に応じる。エルネスト役のホルヘ・ボラーニは、「ウィスキー」で主人公の弟役を力演している。隣人のハビエルに扮したホルヘ・デリアは、「僕と未来とブエノスアイレス」に出ていて、作家、劇作家でもある。ビア役のガブリエラ・ポエステルは、まだ若いけれど舞台演出の経験もある。美人ではないが、大きな目を見開くと、どこか不気味な雰囲気があって、いい女優になる可能性じゅうぶん。

 脚本がいい。俳優が達者。演出が行き届いている。音楽がいい。また、ポルトガル語とスペイン語の微妙な違いのあるセリフに、うまい字幕をつけた比嘉世津子の仕事が光る。完璧な傑作と思う。

☆ 2020年7月18日(土)~ シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

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