今週末見るべき映画「リトル・ジョー」
――今週もまた、深い印象を残す傑作が2本、公開となる。人工的に作られた、血のように赤い花が、人間にたいへんな作用を及ぼす。この花の匂いを嗅ぐと、幸せになるという。実際の血は飛び散らないが、心理的恐怖は半端ではない「リトル・ジョー」(ツイン配給)は、7月17日(金)の公開。
(2020年7月14日「二井サイト」公開)
★「リトル・ジョー」
見ていると、少しずつ怖くなってくる。血が飛び散ったり、ナイフがグサリ、などというシーンは一切、ない。いわゆる心理的ホラーだろう。
主役は、遺伝子組み換えで作られた、真っ赤な花と言えるかもしれない。大きな温室に、大量の赤い花。とても美しいが、どこか不気味ですらある。
アリス(エミリー・ビーチャム)は、バイオ企業の研究所で新種の植物栽培に取り組んでいる。夫と別居して、いまは息子のジョー(キット・コナー)と二人暮らしだ。忙しいアリスは料理が苦手で、食事はいつもテイクアウトだ。
アリスは、特殊な効果のある真っ赤な花を開発する。それは、ある条件を満たすと、持ち主が幸福になるという花である。その条件とは、暖かい場所で育てること。毎日、水をやること。なにより、その花を愛すること。
所長によれば、開発した花の匂いに接すると、気分をたかめ、うつを防ぐ、という。大量栽培に成功すれば、巨大な利益を生むかもしれない。
アリスは、会社の規則を破って、その花を一輪、自宅に持ち帰って、育て始める。息子の名前をとって、その花を「リトル・ジョー」と命名する。
ところが、花が育つにつれて、どこかジョーの挙動がおかしくなっていく。そればかりではない。アリスの同僚のベラ(ケリー・フォックス)の飼っている犬が温室に忍び込んで以来、犬の様子がおかしくなる。ベラは、その原因は花の花粉にあるのではないかと推察する。
アリスの助手のクリス(ベン・ウィショー)は、アリスをひそかに慕っているようで、このクリスもまた、少しずつ、様子がおかしくなっていく。アリスは推測する。種を守るために感染し、人格を変えるのでは、と。
幸福をもたらすはずの花である。花粉や匂いに接した人間は、本人はともかく、周囲の人間から見ると、決して、幸福な様子ではないのである。当然、開発した本人のアリスもまた、ふだんの様子とは異なっていくはずである。
いったい、花の正体とは何なのか。怖さがじんわりと迫ってくる。
アリスは自宅で、花を一輪、育てている。花だけのシーンが、たびたび出てくる。たった一輪の花でも、ほのかな匂いもあれば、ほんわかと、いい気分である。ところが、何度も花が映し出されるにつれて、多くを語りかけているように思えてくる。「科学を金儲けに使うとは何事か」「奢りたかぶる人間へ、神が鉄槌をくだすぞ」などと。
観客の心理的恐怖をあおるように引用されるのが、日本の伊藤貞司の音楽だ。尺八や琴が効果的に響き、耳に残る。
監督は女性で、「ルルドの泉で」を撮ったジェシカ・ハウスナーである。ヒロインに奇跡が起き、本人は幸せだが、周囲の反応はさまざま。物語の結構は、「リトル・ジョー」も引き継いでいるようだ。
アリス役のエミリー・ビーチャムは、コーエン兄弟の「ヘイル、シーザー」では脇役だったが、ここでは、揺れる心理を少ないセリフで演じきる。助手役クリスを演じたベン・ウィショーは、「パフューム ある人殺しの物語」でブレイク、「追憶と踊りながら」や「ロブスター」「メリー・ポピンズ リターンズ」など、多くの映画に出ている売れっ子だ。
コロナ禍の現在、象徴的に、人類の過度の文明を諭し、人間のほんとうの幸福とは何かを考えさせる、寓意に満ちた幸福論でもあり、神の領域に科学が迫る是非を問う文明論でもある。
ラストが、多くを暗示して、さらに恐怖が募る。いやあ、面白い。
☆ 2020年7月17日(金)~ アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺他にて全国順次ロードショー