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今週末見るべき映画「死霊魂」

――これはもう、ドキュメンタリー映画の枠をはみ出した貴重な記録で、誰かが後世に伝えなければならない歴史そのものだろう。現代中国の歴史でも、いまだ明らかにされていないと言われている、いわば歴史の闇とも言える「反右派闘争」で生き抜いた人たちの、貴重な証言がズラリ。

(2020年7月28日「二井サイト」公開)

中国のワン・ビン(王兵)監督は、反右派闘争についての映画を過去に2作、撮っている。

 2007年に撮ったドキュメンタリー「鳳鳴―中国の記憶」では、鳳鳴という老女が、反右派闘争に巻き込まれた自らの人生を、淡々と語る。

 次いで、フィクションとして2010年に撮ったのが「無言歌」だ。反右派闘争で追放された人たちが、辺境の地、夾辺溝にある強制収容所に送られる。ここでの悲惨な実態と、収容された夫を訪ねていく妻を描いた傑作だった。

 このほど公開となる「死霊魂」(ムヴィオラ配給)は、いわば先行する2作品の後を受けた完全版、集大成にあたる。全編は3部構成で、上映時間は、8時間26分。証言者のインタビューは主に2005年からスタート、さらに追加撮影は2016年、2017年に及ぶ。

 この間、生き延びた人たちは、すでに高齢で、次々と亡くなっていく。証言数は120。撮影したフィルムは600時間という。上映時間8時間超えもむべなるかな。

 ざっとの構成は、第1部では、そもそも反右派闘争とはどのようなものであったのかの概要が語られる。第2部では、収容所における飢餓の実態が語られ、第3部では、弾圧した側の証言や、死を目前にした人たちの思いが綴られる。とはいえ、導入の第1部から、衝撃の証言が続出、悲惨そのものだ。

 冒頭にテロップが出る。「1956年 中国共産党は 自由な意見を歓迎する百家争鳴を掲げた 翌年 党は政策を急転換 批判的発言をした者を右派と呼び 反右派闘争を開始した 対象者は55万人~130万人 甘粛省のゴビ砂漠にある 夾辺溝再教育収容所には 約3200人の右派が送られた 世界史上類のない大飢饉も重なり 収容所は餓死者を続出した」

 このテロップが、すべてを説明しつくしている。映画は、ひとまず、この史実を生き延びた人たちの証言集と言える。

 国の政策とはいえ、これは、間接的な殺人だろう。ずっと映像を見つめていると、歴史的な大飢饉があったとはいえ、そう、思わざるをえない。夾辺溝だけに限っても、生き延びた者は約500人で、2700人もの人が亡くなっている。

 第1部の最初の証人はジョウ・ホイナン(周恵南)で、85歳だ。場所は、2005年11月、甘粛省の蘭州。86歳の妻のガオ・グイファン(高桂芳)が同席する。ジョウは、元国民党の軍人だ。内戦後、捕虜となり、共産党の思想教育を受ける。

証言のすべてが真実ではないにしても、証言者たちには、過酷な記憶がくっきりと、よみがえってくるようだ。

 ジョウには、82歳のジョウ・ジーナン(周指南)という弟がいる。同じく収容所にいた弟は、餓死者が多くなるなか、羊番をしていて生き延びた。2015年8月、もう寝たきりのなか、過去を振り返る。彼は、この証言の直後に亡くなる。ジョウ・ジーナンの葬式の様子が映し出される。長男のジョウ・イェンリン(周延林)が泣きじゃくる。 

 2016年8月、ジョウの妻ガオは言う。「早く死にたい。死ねば苦しみから逃れられる」

 夾辺溝で亡くなった人たちは、明水にある墓地に埋葬されるが、あちこちに人骨が散らばっている。

 第2部は、凄惨さに拍車がかかる。2005年11月、ジャオ・ティエミン(趙鉄民)は言う。「誉め言葉だけの者は信用を欠くから、党に問題があると指摘しろと言われ、欠点があると指摘した。それがまずかった」と。ジャオは、2度、収容所を脱走したが、捕らえられる。2008年、ジャオは亡くなる。

 第3部もまた、凄惨な証言が続く。ひとり、収容所の職員だった77歳のジュー・ジャオナン(朱照南)が、貧困な食料事情について語る。食事は、小麦粉が少しのお粥だけである。「あれは殺人だ」と。ジューはカメラに問いかける。「君ならどうする? 不適切な考え方や間違った出来事に直面し、自分に変える力がない時はどうする?」

 激しい風が収容所に吹き渡る。砂が舞い、人骨が散らばる。ここは、もはや、地獄のようだ。

 ワン・ビンには、囲みではあるが、3回ほどインタビューしたことがある。初めは2011年の11月で、「無言歌」の公開にあわせての初来日だった。2度目は、2012年11月、東京フィルメックスで上映された「三姉妹」が、2013年5月に「三姉妹 雲南の子」というタイトルで公開されたときだった。3度目は、2014年6月の「収容病棟」の公開前だった。

 ワン・ビンは、自らの作品に、政治的意図はまったくなく、とりあえずは、共産党や政府からの圧力はないと言う。「死霊魂」についても、今日の中国とはまったく関係がない、と言う。

 このほど、香港の自由化運動をめぐって、香港国家安全法を制定した国、政府である。ワン・ビンはいま、パリに住んでいるとはいえ、いつ、どのような弾圧があるかが、ただただ心配である。

 映画の出資はフランスとスイスである。ワン・ビンの才能を信じたからだろう。現代中国の埋もれた負の歴史は、まだまだ存在する。中国に生まれ、中国で映画を学んだからこその、ワン・ビンの思いの結実であり、おそらく、祖国を愛してやまないからこそのワン・ビンの仕事なのだろう。歴史の闇を照らすワン・ビンの仕事に、ただただ脱帽だ。

 凄惨そのもの。あまり積極的に聴きたい話ではない。だがなぜか、映画を見ていると、ワン・ビンのカメラの後ろにいて、証言に聴き入ってしまう。だから、8時間は決して長くはない。膨大な映像から絞りに絞っての編集術に魅せられてしまうのだろう。

 結果的に、国家が人を殺す。あってはならないことだろう。必見の歴史的証言の数々。辛いが、見るしかない。

☆ 2020年8月1日(土)~ シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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