今週末見るべき映画「TENET テネット」
――2時間30分、一気呵成に見せてくれる。クリストファー・ノーラン監督の新作「TENET テネット」(ワーナー・ブラザース映画配給)は、そのスケールの雄大さ、映像表現の斬新さで、映画史に残るだろう。第三次世界大戦で起こり得る人類の危機を阻止しようとする、名もなき男の活躍を描くが、部分部分で、時間が逆行するなか、男は近い過去に立ち戻り、人類の危機を防ごうと奮闘する。
(2020年9月15日「二井サイト」公開)
試写を見た直後、以下のように感想を書いた。
――クリストファー・ノーラン監督の話題の映画 「TENET テネット」 の試写を拝見。まさに為虎添翼だ。「007」 「ミッション:インポッシブル」 「マトリックス」 の全作品に、「史上最大の作戦」 「アラビアのロレンス」 「地獄の黙示録」 を混ぜ合わせ、今までのクリストファー・ノーラン監督の全作品を掛け合わせ、しかも最後にどんでん返し。とにかく、ものすごい映画としか言いようがない。ぼくごときにレビューできる能力はないと思うが、9月18日(金)の公開前には、何とかレビューしたいと思っています――。
いささか興奮気味の大袈裟な感想と思うが、これでは、どんな映画か、よくは分からない。ただ、どんな映画かを説明することは、記憶力、読解力のなさもあって、たいへん難しい。どんな映画だったかを反芻しながら、なんとか以下にまとめてみた。
タイトルの「テネット」の意味は、信条、主義、原則とあるが、もとはラテン語で、保つ、保管する、所有するといったほどの意味らしい。映画のなかでは、その意味は明確には示されないが、「テネット」についてのセリフは、何度も出てくる。「このワードだけは覚えておけ」 「使い方次第で未来が変わる」など。
ウクライナのキエフ。国立オペラ・ハウスにテロリストが乱入する。これを制圧するべく、名もなき男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)が、仲間たちとオペラ・ハウスに向かう。すでにオペラ・ハウスは、一部、爆破されている。男は同僚を救おうとして、捕らわれてしまう。そして、自殺用のカプセルを飲まされる。
男は生きている。これは、男に課せられた一種のテストだった。「死を恐れず、仲間を救った。テスト合格は君だけだ」と言われ、「目的は第三次世界大戦を阻止すること」だと分かる。男は、「テネット」というキーワードを知る。
男は、女性研究者のローラ(クレマンス・ポエジー)から、任務内容の説明を受ける。男は銃を撃つ。瞬間、撃ったはずの弾丸は、銃に戻っている。どうやら、男は、時間に逆行し、未来と交信できる能力を授かったようだ。研究室の掲示板には、有名な「マクスウェルの悪魔」を説明する図が掲げてある。
男に、有力な仲間が現れる。ニール(ロバート・パティンソン)だ。ニールが男に問う。
「タイムトラベル?」。男は答える。「いいや、時間の逆転だ」。
男は、インドのムンバイへ向かう。仲間とおぼしき老女スーザン(ディンプル・カパディア)から、「セイターの役割を確かめて」との依頼を受ける。アンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)は、ロシアの富豪で、武器商人だ。セイターは、豪華なクルーザーを乗り回している。セイターの妻で、美術品の鑑定士のキャット(エリザベス・デビッキ))も同乗している。どうやら、セイターは、ロシアのミサイル基地から行方不明になったプルトニウムと、深い関係があるようだ。
男は、クルージング中のセイターに近づく。セイターは、「私は未来が読める」と嘯いている。
息詰まるアクション・シーンが連続する。つまり、世界が滅亡するような現実の事件が起こると、男とニールたちは、ちょいと時間を遡り、現実の事件が世界の滅亡に至らないよう、修正し続ける訳だ。
多くの謎に関わると思われるキーワードがいろいろと出てくる。「核融合の逆放射」。「原因と結果は逆」。ホイットマンの詩だろうか、「黄昏に生きる」。「ゴヤの絵の鑑定依頼」。「アルゴリズムを9つに分割」。「ガソリンの爆発による低体温症」。「テネットは過去でなく未来に創られた」……。
一度見たくらいでは、とうてい、理解できない。おそらく、今後、この映画の細部については、トリビアよろしく、ああだ、こうだと語り継がれるに違いない。それほどの種を、クリストファー・ノーラン監督はばらまいているのだろう。
時間の逆行に合わせて、過去の出来事が修正されていく。そのひとつひとつのシーンが、圧巻である。壊れた建物が元に戻り、建物の上部が爆破される。航空機が建物に突撃するが、建物に突撃する前の状況に遡る。ハイウェイでプルトニウムの争奪があるが、これまた、過去に戻って、悲惨な事態にならないよう、修正される。
いってみれば、プルトニウムを奪って、世界滅亡を企むロシアの武器商人を、名もなき男たちが阻止しようとするというシンプルなドラマだが、世界のあちこちを舞台にした、派手な映像表現は、ことごとく、大がかりだ。才能ある作り手たちが、さらに潤沢な製作費で作り上げたのだろう。いやあ、面白い。
ちなみに、テネットについては、古くからの資料がある。「サトール陣」とか、「サトール・アレポの定式」と呼ばれていて、ラテン語である。
SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS
横に読んでも、縦に読んでも、おなじ単語が5つである。SATORとは、推進者、種を蒔く人、種蒔き機。AREPOとは、人の名前。TENETとは、先に述べた通り、保つ、保管する、所有する。OPERAとは、行使、仕事、サービスといったほどの意味。ROTASとは、車輪、車、円盤である。
このサトール陣のすべてが、映画に関係している。映画のタイトルが「TENET」である。「SATOR」は、セイターとも読める。武器商人の名前だ。「AREPO」とは、ゴヤの贋作者の名前である。「OPERA」は、映画の冒頭が、オペラ・ハウスのシーンだ。「ROTAS」は、ノルウェーのオスロ空港にある警備会社の名ではないか。
世界のあちこちでロケ。ずいぶん、お金がかかっていると思う。クリストファー・ノーラン監督は次回、いったいどんな映画を撮るのか。トム・クルーズがロンドンまで、わざわざ見に出かけたらしい。妄想かもしれないが、次回作は、トム・クルーズ主演なのだろうか。
名もなき男を演じたジョン・デヴィッド・ワシントンは、デンゼル・ワシントンの息子である。多くのアクション・シーンを、そつなく、こなす。武器商人セイター役のケネス・ブラナーはもう、貫禄で押し通す。舞台経験が豊富、映画で「ハムレット」を演じ、演出した名優である。どんな役でも巧みにこなすが、ことに悪役を演じると精彩を放ち、見事というほかない。ほかに、マイケル・ケイン、アーロン・テイラー=ジョンソンも出ている。
クリストファー・ノーラン渾身の一作。まさに、「為虎添翼」だ。劇場の大画面で、ぜひご堪能ください。
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