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今週末見るべき映画「ジャズ喫茶 ベイシー Swiftyの譚詩――Ballad」

 ――今から50年前、岩手県一関市に、「ベイシー」というジャズ喫茶を開いた男がいる。店名の「ベイシー」は、もちろん、カウント・ベイシーの名前からで、マスターは1942年生まれの菅原正二さん。ドキュメンタリー映画「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」(アップリンク配給)は、この菅原さんへのインタビューや、彼とその仲間たちとの対談で、幅広い交友ぶりを綴っていく。ジャズやオーディオ好きなら、のめり込んでしまうような発言の連続だ。ちなみに、副題の「Swifty」は、カウント・ベイシーが菅原さんにつけたニックネーム。譚詩と書いて、バラードと読ませる。なかなか洒落た副題だ。


                  (2020年9月18日「二井サイト」公開)



 大学の3年になったとき、ふとジャズ喫茶でアルバイトをしようと思い立った。格別、深い理由があるわけではない。毎日、ジャズを聴いて、お金がもらえる。単純な理由である。


 夕方の5時から11時まで、4カ月ほど、休みなく働いた。店では、けっこう大音量で、延々とジャズのレコードを流している。


 好きな曲のひとつが、カウント・ベイシー楽団の「パリの四月」だった。途中で、「ワン・モア・タイム!」と掛け声が入る。いまはこのCDを聴くたびに「ワン・モア・タイム」と叫んでいる。

 映画の冒頭もまた、この「パリの四月」が流れる。

 1970年、菅原さんは、ジャズ喫茶「ベイシー」を、故郷の一関で開店する。菅原さんは、早稲田大学に在学中から、大学ジャズバンドの名門、ハイソサエティー・オーケストラでドラマーとして活躍、ジャズに親しんでいる。

 卒業後、チャーリー石黒と東京パンチョスに籍を置く。体をこわし、東京から故郷の一関に戻ることになる。

 菅原さんには、当然、ジャズを愛し、オーディオにも詳しい仲間が大勢いる。日本だけでなく、来日したジャズメンの多くが、この「ベイシー」を訪れる。

 菅原さんは原稿用紙に書く。「ジャズというジャンルはない。ジャズな人々がいるだけだ」と。菅原さんと対談し、インタビューに答える仲間が、錚々たる連中で、「ジャズな人」ばかり。


 かつて、開高健と多くの対談をこなした編集者の島地勝彦さん。ドラム奏者の村上”ポンタ”秀一さん。サックス奏者の坂田明さん。「DUG」のマスターで写真家の中平穂積さん。蓄音機の大コレクターの磯貝建文さん。磯貝さんには、昔、まだCDが世の中になかった頃、何度か、ヴィンテージものの蓄音機で、SPレコードを聴かせてもらい、その音の見事さに驚いた記憶がある。


 さらに、指揮者の小沢征爾さん。ヴァイオリン奏者の豊嶋泰嗣さん。サックス奏者の中村誠一さん。建築家の安藤忠雄さん。女優の鈴木京香さん。ドラム奏者のエルヴィン・ジョーンズさん。そして、サックス奏者のナベサダこと渡辺貞夫さんたち。


 また、すでに亡くなられたジャズ評論家の野口久光さんを偲ぶエピソードも描かれる。野口さんは、絵も、書き文字も達者で、映画配給の東和にいらした頃から、主にヨーロッパ映画のポスターを多く作られた方である。現役の編集者だった頃、映画関連の不明な点を、何度も野口さんに尋ねたことがある。博識の野口さんは、どんな質問にも、ていねいに答えてくれた。

 「ベイシー」は、レコードでジャズを聴かせるだけではない。いろんな音楽家たちが、ここでジャズを演奏する。また、菅原さんは、オーディオ・マニアらしく、「ベイシー」で聴かれるジャズや生演奏を、スイスの名機、ナグラで録音するのだ。「ベイシー」の装置は、アンプ、スピーカーともJBLの高級機種。トーンアームはSME、カートリッジはシュアだ。


 登場する菅原さんの仲間たちは、もうすでに初老である。だが、みんな、元気で若い。ジャズを愛し、オーディオにも多大の興味を示す。菅原さんが、ターンテーブルにレコードを置き、トーンアームを操作し、カートリッジをおろす。初老というより、大好きなおもちゃで遊んでいる幼児のよう。とてもすてきな年のとり方といえよう。

 登場する音楽が、どれも、いい。カウント・ベイシー楽団の「パリの四月」はもちろん、「ファスト・トラック」、「ワン・オクロック・ジャンプ」、バッハの「アヴェ・マリア」、バルトークの「ヴァイオリン協奏曲第2番」、「マイ・フーリッシュ・ハート」、「バードランド」、「スマイル」、バッハの「フルート・ソナタ BWV.1035」などなど。

 どの曲を、だれが演奏し、どんなふうに流れるかは、見てのお楽しみ。コーキー・シーゲルがハーモニカを吹き、小沢征爾指揮のサンフランシスコ交響楽団は、ルッソの「ブルース・コンチェルト」第4楽章を演奏している。

 映画を見ていると、まるで「ベイシー」にいるみたい。そんな空気感をあざやかに伝えた監督は、1965年生まれの星野哲也さん。どんな人かは知らないが、菅原さんに惚れぬいて、約5年、150時間にわたって、「ベイシー」で取材、撮影した。

 映画を見ていて、俄然、カウント・ベイシーが聴きたくなる。サラ・ヴォーンと共演した「オール・ザ・シングス・ユー・アー」あたりがいいなあ。オスカー・ハマーステインⅡ世が詩を書き、ジェローム・カーンが作曲した名曲だ。 

 いまのところ、東北に旅する予定はないが、一関に立ち寄る機会があれば、まっさきに「ベイシー」に向かいたい。


☆ 2020年9月18日(金)~ アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開!!

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