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今週末見るべき映画「ソワレ」

 ――「此の岸のこと」や「わさび」「春なれや」といったすぐれた短編を撮った外山文治監督の、「燦燦―さんさん―」に続いての長編第2作目だ。タイトルはフランス語で、夕方から後の時間のこと。転じて、芝居やコンサートなどの夜公演を指す。また、夜会や夜会で着用するドレスもまた、ソワレという。

 プロデューサーに豊原功補、アソシエイト・プロデューサーを小泉今日子が務め、大きな話題となっている。とりあえずは、若い男女の逃避行を描くが、なにやら深い意味を漂わせるタイトルのようだ。

                  (2020年8月23日「二井サイト」公開)



 岩松翔太(村上虹郎)は、役者を志して和歌山から上京してきたが、おぼつかない日々を過ごしている。


 やむを得ず、詐欺の仕事を手伝い、数万円の手当をもらう日々である。芝居の稽古では、今日もまた、ダメだしを受ける。

 ある日、翔太は、故郷の高齢者施設「さくらの園」で演劇を教えることになり、劇団の仲間たちと現地に向かう。

 老人の発声練習のテキストは、故郷近くの日高川町の道成寺に伝わる、安珍と清姫の伝説だ。歌舞伎や能、浄瑠璃にもなっている超有名な話だ。

 そこで翔太は、老人の介護をしている若い女性、山下タカラ(芋生悠)と出会う。どこかかげりのある表情のタカラは、父親からの暴力を受けた過去がある。タカラは、ちょうど、父親の出所届けを受け取ったばかりだ。

 祭りの夜。翔太は仲間に唆されて、タカラを誘いに家を訪れる。翔太は、父親がタカラに暴行しようとしている現場に出くわす。タカラは思わずハサミで父親を刺す。

あわてた二人は、外に駆けだしてしまう。祭りの雑踏を抜け、電車に飛び乗り、二人は、どこかの海岸にたどり着く。

 やっと「ソワレ」(東京テアトル配給)のタイトルがでる。

 翔太とタカラは格別、恋愛関係ではない。それぞれが、現状に不満と罪を抱えての、いわば、突発的な逃避行である。翔太はタカラに言う。「かくれんぼは得意やから、絶対に逃げたるわ」。ニュースで、翔太が関わったらしい詐欺事件が報道されている。

 挿入曲の「How many times did I kiss you?」が挿入される。

 田舎道の逃避行である。二人は、梅干しを作っている農家に立ち寄る。タカラは正直に「家を飛び出しての駆け落ちだ」と言う。農家の夫婦にとっては、人手が足りない。翔太もタカラも、そう悪い若者には見えない。「ほな、手伝ってもらおかな」

 タカラは殺人犯かもしれないし、翔太は詐欺事件に関わっている。いつまでも農家の世話にはなれない。ある夜、翔太は農家の金を盗もうとするが、うまくいかない。またまた二人の逃避行が始まる。

 「どっちが稼げるか競争しよう」と翔太。競輪で大穴を狙うが、当たらない。堅実なタカラは、飛び込みで、あるスナックに雇ってもらう。タカラは、いくばくかのお金を手にする。


 安ホテルにいても、二人は、ことさらの関係はない。翔太は、タカラの父親が生きていることを知り、少しは安堵する。


 いつまでも、逃避行は続かない。翔太とタカラは、修行中の安珍が清姫を避けるように、やがて別々の行動をとることになる。


 タカラは殺人犯ではないけれど、それぞれが、警察から追われる身である。やがて、警察の捜査が、二人に迫ってくる。

 2017年9月、外山監督が「此の岸のこと」「わさび」「春なれや」の短編3作品を一般公開した折り、監督との連続トークがあり、篠原哲雄監督や足立紳監督といった著名な方にまじって、一晩、トークのお相手を務めたことがある。


 監督から戴いた課題は、「個人作品が日本映画の復権の可能性を示す時」という、とてつもなく大きなテーマだった。数少なくなったとはいえ、いまなお、優れた日本映画はあると言い、謙虚な監督に、ぜひご自分で脚本を書き、撮りたいように撮ることなどと、えらそうに話した記憶がある。

 外山作品は、静謐で、やたら説明過剰でなく、ゆったりと、おだやかな雰囲気をたたえている。しかも、人物造型が的確で、過不足がない。かつての日本映画のよさを内包しつつ、すべて、リアリズムで描く訳ではない。いわゆるファンタジーな部分をしっかり持ち合わせている。

 「ソワレ」もまた、過去の外山作品同様、静謐で清潔。なによりも品がある。海辺、田舎道、都会のたたずまいなど、カメラはひたすら美しく撮り続ける。少ないセリフだが、幼く若い二人の心情、焦り、苛立ち、つかの間の喜びが、しっかりと伝わってくる。翔太を演じた村上虹郎と、タカラを演じた芋生悠が、存在感たっぷり。幼さを保ちつつ、大人の世界で生き延びようとする役どころを力演する。

 チェロを多用した朝岡さやかの音楽が、控えめながら効果的。もともとはピアノの名手だが、外山監督の全作品に、音楽を付けている。

 清姫は、求愛を拒否する安珍を、鐘の中に追いつめ、焼き殺して、自らは大蛇に化身する。翔太は「俺、ほんまは何もないねん」と言うが、「傷つくために生きているんやない」との自負もある。タカラと翔太は、どのような結末を辿るのか。伝説のような悲惨な結末ではないことを願い、後半の映像を見つめることになる。ソワレの後には、必ず、オーブ(夜明け)が来る。タカラと翔太にも、必ず夜明けが来ることを祈りながら。


☆ 2020年8月28日(金)~ テアトル新宿ほか全国ロードショー!

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