今週末見るべき映画「ホモ・サピエンスの涙」
――スウェーデンの映画監督ロイ・アンダーソンの新作「ホモ・サピエンスの涙」(ビターズ・エンド配給)は、さまざまな人間の、生きてあることの喜怒哀楽を、ショートコントのような短いエピソードで繋いでいく。過去の「愛おしき隣人」「さよなら、人類」とほぼ同じ結構を持つ。またまたのロイ・アンダーソン節が、冴えわたる。
(2020年11月17日「二井サイト」公開)
ベンチに男と女が座っていて、空にはたくさんの鳥が飛んでいる。
女性の声で、短いナレーションが入る。「男の人を見た。おいしい夕食で妻を驚かせようとしていた」と。
以下、「~を見た。~をしていた」のパターンが繰り返され、ワンショットで撮られた、短いエピソードが30余り、続く。
どのカットも、深く計算された、まるで絵画のような鮮やかさ。いったいに、大きな展開がなく、事件もない。多くは、日常の一コマ一コマである。ただし、時折、ドキッとするようなメッセージと思われるエピソードもある。どう、受け止め、解釈するかは、観客それぞれの判断に委ねられる。
レストランで新聞を読む男に、ウエイターがワインを延々と注ぎ、ワインがグラスからこぼれ落ちる。ベッドの下にお金を隠す男。十字架を背負って、鞭撃たれる男がいるが、これは夢である。
地雷を踏んで両足を失った男が、マンドリンで「オー・ソレ・ミオ」を弾いているが、誰も見向きもしない。ミサが始まろうとするが、神父はワインをラッパのみして、ふらふらになる。戦火で荒廃したケルンの街の空の上を、シャガールの絵のように、抱き合う男女がいる。ビリー・ホリディの「オール・オブ・ミー」が流れるお店で、シャンパンをうまそうに呑む女性を、隣の男がうっとりと眺めている。
およそ、このような調子で、エピソードが連続する。ヒトラーらしき男が「勝利万歳」と叫ぶが、爆撃のせいで、天井から砂塵などが落ちてくる。この構図は、ククルイニクスイという、旧ソ連の3人の画家の名前を組み合わせた3人組の描いた「The end」のアングルとそっくりだ。
監督の森羅万象を見るまなざしの優しさに加えて、人間同士の争い、諍いへの警告もしっかり示される。戦死した息子の墓に花束を供える老夫婦。棺のそばの支柱に縛り付けられた男は、命乞いをするが、兵士たちから無視される。雪のなか、ドイツ軍と思われる、戦いに敗れた多くの兵士たちが、ただただ歩いている。愚かな、それでも愛おしい人間たちの寸描を通して、監督は、永遠に続く人間の営みを巧みに切りとっていく。
大好きなエピソードがある。土砂降りの雨の中、幼い娘の誕生日会に向かう父娘がいる。父は、傘を置いて、雨に濡れながら、娘の靴紐を結び直してあげる。
上映時間は1時間16分である。この短い時間のなかに、ロイ・アンダーソンは、人間存在の摩訶不思議なあれこれを詰め込む。願わくば、劇中、3人の若い女性が、ザ・デルタ・リズム・ボーイズのコーラスに合わせて踊るシーンのように、のんびりと、微笑ましく、平和でありたい。
コメント