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第21回「東京フィルメックス」回顧――広域アジアから新鋭監督の作品がズラリ 


 この10月30日(金)から11月7日(土)まで開催された第21回東京フィルメックスが終了した。


 コロナ禍の影響下、なんとか無事に開催された。関係各位に感謝したい。


 今年のコンペティション作品は12本。広域アジアから、新鋭監督の作品がズラリ。12本のうち、10本、見ることができた。


 以下、ざっとの感想を記して、記録としたい。



●「死ぬ間際」(アゼルバイジャン、メキシコ、アメリカ) 

 ヒラル・バイダロフ監督。最優秀作品賞受賞。アゼルバイジャンの荒涼とした場所を、バイクで移動する男ダヴドの一日が、重苦しく描かれる。ダヴドが出会うのは、不幸な女性ばかり。生きる意味を探るかのように、旅は続く。


●「イエローキャット」(カザフスタン、フランス) 

 アディルハン・イェルジャノフ監督。舞台はカザフスタンの草原。

 メルヴィルの映画「サムライ」の大ファンで、前科者の男ケルメクの夢は、悪事から手を引いて、草原のなかに映画館を開くこと。ケルメクの周辺には、怪しげな男たちがぞろぞろ。どこかユーモラスななかに、いろんな映画へのオマージュが。人間の自由についての監督の問いかけが、映像のあちこちから聞こえてくる。


●「アスワン」(フィリピン) 

 アリックス・アイン・アルンパク監督。フィリピンのドゥアルテ政権は、警察官に麻薬患者や売人の射殺を許可する。その実態に迫ったドキュメンタリーで、迫力十分。告発するジャーナリスト、不幸な家族の面倒をみる宣教師、両親が麻薬患者の子どもたちなどを見つめる女性監督の鋭い視点に驚く。


●「不止不休」(中国) 

 ワン・ジン監督。2003年の北京。地方出身で、学歴のない若者ハン・ドンは、ジャーナリストを目指して、やっと新聞社に見習いとして入社する。死亡事故を隠蔽する炭鉱の取材などの経験を経て、B型肝炎をめぐる取材に取り組んでいく。厳しい先輩は、「感想を書くな、事実をかけ」と言う。人物や背景などの細部が巧みに描かれ、若者の成長物語としても一級品。炭鉱の経営者でジャ・ジャンクーが登場するシーンでは、場内に笑いが。審査員だったら、これが最優秀作品賞と思った。


●「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」(日本) 

 池田暁監督。見られなかったが、審査員特別賞を受けた。


●「風が吹けば」(フランス、アルメニア、ベルギー) 

 ノラ・マルティロシャン監督。実在するが、地図には載っていないナゴルノカラバフ地区は、アゼルバイジャンの南西にある。ここには、アルメニア人が多く暮らし、独立を考えている。アゼルバイジャンは独立を認めず、アルメニアは独立を応援する。当然、武力衝突が起き、ひとまず、停戦となる。

 ここに、フランスの技師が、破壊された国際空港が復興して、国際基準に合致するかの調査にやってくる。国際空港の存在が、独立できるかどうかの基準になる。必死に調査するが、現実はそう簡単にはいかない。ナゴルノカラバフ地区の自然のなか、市井の人たちの現実が、多少の寓意を交えて描かれる。


●「迂闊(うかつ)な犯罪」(イラン) 

 シャーラム・モクリ監督。1979年のイスラム革命の直前、多くの映画館が暴徒によって、焼き討ちにあう。40年後、再び、「迂闊な犯罪」という映画を上映している映画館を襲おうとする男たちがいる。いわば入れ子構造の映画を通して、イランでの文化の意味を問いかけてくる。


●「マイルストーン」(インド) 

 アイヴァン・アイル監督。激しい腰痛を抱えながら、必死に働く中年のトラック運転手は、やがて若者にその地位を奪われようとしている。寒々とした冬の北インドの風景が、社会全体を象徴しているかのよう。主演のスヴィンデル・ヴィッキーが力演だ。


●「無聾(むせい)」(台湾) 

 コー・チェンニエン監督。聾唖学校を舞台に、転校してきた少年が、ひどいいじめの現場に遭遇する。このいじめは、やがて少年の身の上にも降りかかってくる。やがて、聾唖学校をめぐる背景が詳らかになるのだが。実際の事件を基にしているので、リアリティはあるのだが、個人的には、主人公の少年の造形に、いささかの不満が残った。


●「泣く子はいねぇが」(日本) 

 佐藤快磨監督。秋田・男鹿のナマハゲで、とんでもない不祥事をしでかしたたすくは、生まれたばかりの赤ちゃんと妻を残して東京に逃げる。たすくを演じた仲野大賀は、いつまでたっても、大人になり切れない青年役を力演するが、ドラマ展開にいまひとつ説得力が感じられない。妻役の吉岡里帆の夫への人物設定が一方的すぎて、やや不満。まだ若い監督なので、今後に期待。


●「由宇子の天秤」(日本) 

 春本雄二郎監督。学生審査員賞を受ける。テレビのドキュメンタリー監督の由宇子は、女子高校生の自殺事件を取材している。由宇子は、学習塾を経営している父親を手伝いながら、作品の完成に近づいている。そんな折、由宇子は、父親から衝撃的な告白を受ける。父親役の光石研の演技は流石だが、瀧内公美演じる由宇子周辺の俳優たちにあまり共感できず。


●「オキナワサントス」(日本) 

 松林要樹監督。未見。



 特別招待作品は、堪能できる傑作、力作が勢ぞろい。ざっとの感想を以下に。


●「天国にちがいない」(フランス、カタール、ドイツ、カナダ、トルコ、パレスチナ)

 エリア・スレイマン監督。クロージング作品。大傑作だ。いつも通り、監督自身が出演。

 映画監督のエリアは、自身の企画を売り込むために、まずパリに向かう。美女に見とれたりするが、戦車の隊列やホームレスの現場に出くわす。次いでニューヨークに。出くわす人たちは銃を持っている。エリアは思う。まるで、故郷のナザレと同じでは、と。

 企画は、「パレスチナ色が弱い」と拒否される。多くの寓意と、とぼけたユーモアに満ちている。ほとんどセリフのないエリアの表情は、多くの問いを投げかけてくる。日本での公開は、来年の1月29日(金)なので、もう一度、見るつもりだ。


●「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」(アメリカ) 

スー・ウィリアムズ監督。少女の頃はモントリオールで過ごした香港の歌手、俳優のデニス・ホーのドキュメンタリー。2014年、香港の雨傘運動に共感するくだりは、歌手というより運動家。香港コロシアムでのコンサートは圧巻。


●「照射されたものたち」(フランス、カンボジア) 

 リティ・パン監督。ポル・ポトによる虐殺、広島と長崎の原爆投下、ベトナム戦争、ナチのホロコーストと、人類による残虐な行為を、おびただしい映像を駆使して摘発する。正視できない映像もあるが、人類の愚かな歴史をひしと伝えるリティ・パンの視点に、ブレはない。


●「七人楽隊」(香港) 

 アン・ホイ、ジョニー・トー、ツイ・ハーク、サモ・ハン、ユエン・ウーピン、リンゴ・ラム、パトリック・タム監督。香港の七人の映画監督が、それぞれの香港を撮ったオムニバス。それぞれの作家の持ち味が小粋で、楽しい短編集。ラストのツイ・ハーク監督の「深い対話」は、楽屋落ちの連発で、大笑いだ。


●「愛のまなざしを」(日本) 

 万田邦敏監督。オープニング作品。6年前に妻を亡くした精神科医の貴志の前に、ミステリアスな患者の綾子が現れる。貴志と綾子は恋に落ちるのだが……。見ていて、なんだか感情移入が出来ない。いったいに精神科医は、もっと自己制御できるはずなのにと思う。主役ふたりの演技には、もっともっと抑揚、陰影が欲しかった。


●「クラッシュ」(カナダ) 

 デヴィッド・クローネンバーグ監督。一般公開時に見たが、今回は4K修復版。車の事故で性的興奮を感じるらしいが、本当なのか。J・G・バラードの原作は未読だが、どうやら、興奮する人がいるらしい。あまり好みのタイプの映画ではないが、観客をドラマに引き込む手腕はさすが。


●「ハイファの夜」(イスラエル、フランス) 

 アモス・ギタイ監督。舞台はイスラエルの港町ハイファ。パレスチナ人の女性ライラが、何者かに襲われたイスラエル人のカメラマン、ジルを介抱する。ライラはジルを、とあるクラブに案内する。映画は、クラブに居合わせた5人の女性たちを描くことで、イスラエルとパレスチナの現実を提示する。長い対立の歴史が垣間見える。力作と思う。


●「日子」(台湾) 

 ツァイ・ミンリャン監督。ほどほどの家に住む中年男カンと、殺風景なアパートで暮らす青年ノンの暮らしぶりが、交互にゆっくりと描かれる、カンはどこかのホテルに滞在し、マッサージ師を呼ぶ。ノンが現れ、カンの体に触れていく。二人の男の、濃厚な「孤独感」が漂う。カンは、ノンに小さなオルゴールをプレゼントする。有名すぎる曲が、ひたすら切なく響いてくる。久しぶりのツァイ・ミンリャン・タッチ、いつものリー・カンションの演技、ともに健在である。


●「海が青くなるまで泳ぐ」(中国) 

 ジャ・ジャンクー監督。2019年5月。監督の生まれ故郷、山西省の汾陽で、多くの作家が招かれ、文学フォーラムが開催された。その様子を、ジャ・ジャンクーが追いかけたドキュメンタリー。

 かつて、少人数から中国の全体を描こうとした監督は、ここでは、多くの作家の作品や人物像から、中国社会の全体を描こうとする。作家の、巧みに編集された文章を引用し、70年間の中国現代史がくっきり。主に、故人となったマー・フォン、50年代生まれのジャ・ピンワー、60年代生まれのユイ・ホア、70年代生まれのリャン・ホンの4人が登場する。全18章、ジャ・ジャンクーはとてつもない傑作ドキュメンタリーを撮った。


●「平静」(中国) 

 ソン・ファン監督。チー・シーが演じるリンというアーティストが、心の傷を抱えながら、東京、越後湯沢、香港と旅し、南京で両親と再会する。心の傷はそう簡単に癒えないが、徐々に変化していくプロセスが、静謐に描かれる。心に痛みを抱えていても、いつかは癒されるはず。女性の監督ソン・ファンの、ヒロインを見つめるまなざしがとても優しい。


●「逃げた女」(韓国) 

 ホン・サンス監督。監督のミューズ、キム・ミニ扮するカムヒが、夫の出張中に3人の女友達を訪ねる。さりげない日常の会話から、カムヒは自らの境遇に思いを馳せる。いつものホン・サンス・スタイルで、観客を引き付ける手腕はあざやか。男のエゴも例によってちゃんと描かれる。



 なお、特別招待作品の原一男監督の「水俣曼荼羅」(日本)と、C・W・ウィンター&アンダース・エドストローム監督の「仕事と日(塩谷の谷間で)」(アメリカ、スウェーデン、日本、イギ「リス)、特別上映のマノエル・ド・オリヴェイラ監督の「繻子の靴」(ポルトガル、フランス)の3本は、上映時間が長いこともあって、今回は未見だった。いずれまた、上映の機会があれば、ぜひ見てみたい。


 今年の特集上映は、エリア・スレイマン監督で、「消えゆくものたちへの年代記」(パレスチナ)「D.I.」(フランス、パレスチナ)、「時の彼方へ」(パレスチナ、フランス)の3作品だった。いずれもスレイマン監督の自叙伝とも言える作品たち。淡々と描かれる日常に、政治状況への痛烈な皮肉、風刺が込められる。複雑な中東問題ですら、多くのギャグとユーモアで描いた「D.I.」は傑作と思う。


 今年の東京フィルメックスの会期は、東京国際映画祭とほぼ重なってしまった。どちらにも見たい作品が多く、その選択に悩んだ。関係各位に感謝とともに、来年の開催時期をご考慮いただければと思う。


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